Monday, June 30, 2003
How to leave lasting impression
今日の授業は主に、金曜日に講堂で行われたProf. Gomesなる方の講義内容を基に進められたのだが、この講義自体がほとんど理解不能だったため、今日の授業の理解度は必然的に低くなり、発言も低調に終わった。理解できていない=貢献(発言)できない、というのは至極当たり前であるが、恐らくMBA本プログラムへの良い教訓となるだろう。言葉や経験不足のハンデは事前準備で補うしかないのである。
昼食は、明日の宿題で同じチームにアサインされたNicolas(チリ人でした)とJung-Ran(韓国人)と三人で食べる。The Economistを買って、その中から適当な記事をピックアップし、American Valueと対比させて発表するというのが課題である。Jung-RanがIntroductionを、NicolasがDiscussionを、僕がConclusionを担当することになった。目的は単に「発表」するだけでなく、Introでは”To get people’s attention”を、Conclusionでは”To leave lasting impression”を意識しなければならない。日本ではプレゼンであまりこういうことを考える習慣がなかったので、聴衆を惹きつけるアイデアがなかなか思い浮かばない。
授業の後は精力的にToDoリストを消化する。夏の間借りている部屋の家賃支払いや、妻の英会話学校の下見、宿題に必要な書籍の問合せ等、一つ一つは大した手間ではないのだが、何分初めての海外暮らしなので、全てが手探りである。それ相応のエネルギーも消費する。
帰宅後、漸く届いた航空便からグローブを取り出して、SFPの無駄に広い庭でキャッチボールをする。日が長いので、午後7時でもこんな明るさである。

昼食は、明日の宿題で同じチームにアサインされたNicolas(チリ人でした)とJung-Ran(韓国人)と三人で食べる。The Economistを買って、その中から適当な記事をピックアップし、American Valueと対比させて発表するというのが課題である。Jung-RanがIntroductionを、NicolasがDiscussionを、僕がConclusionを担当することになった。目的は単に「発表」するだけでなく、Introでは”To get people’s attention”を、Conclusionでは”To leave lasting impression”を意識しなければならない。日本ではプレゼンであまりこういうことを考える習慣がなかったので、聴衆を惹きつけるアイデアがなかなか思い浮かばない。
授業の後は精力的にToDoリストを消化する。夏の間借りている部屋の家賃支払いや、妻の英会話学校の下見、宿題に必要な書籍の問合せ等、一つ一つは大した手間ではないのだが、何分初めての海外暮らしなので、全てが手探りである。それ相応のエネルギーも消費する。
帰宅後、漸く届いた航空便からグローブを取り出して、SFPの無駄に広い庭でキャッチボールをする。日が長いので、午後7時でもこんな明るさである。
Sunday, June 29, 2003
再会
今日は昨日ためてしまった宿題を家でせっせとこなす。一つは与えられた文章をテープに吹き込んで提出するもの。これはただ読んだまましゃべればいいだけなので、10分で終わると思いきや、意外に時間がかかる。発音ミスやつっかえる箇所が気に入らないのである。どうでもいいと思いつつ、結局3回目で漸く終了とする。Readingは全部で30ページ程度の英文を読むだけなのだが(テーマがつまらないときは非常に辛い)、よく読んでみると最後に追加の課題が与えられていて、自分の提言をフォーマルな文章にまとめて提出しなければならないことを発見。今度はWritingと格闘する。
夜はボストン在住の親戚であるYokoちゃん一家とBrightonにあるベトナム料理店で会食。ご主人のDavidとは初対面。BUに通うKenちゃんは来月20歳(その三日後に僕は30歳…)。Mariちゃんは16歳の高校2年生。妻が英語を話せず、Davidが日本語を話せないので、微妙な空気になるかと思いきや、Yokoちゃんがいつも通り日本語でまくしたてるので(笑)、結局は日本語の会話が中心となり、Davidは蚊帳の外に。時々僕が英語で話しかけて有用な生活の知恵も得られたのであるが、彼も慣れたもので、日本語で展開される夕食もさして苦ではない様子。ちなみにKen, Mariの二人は完全なバイリンガルである。アメリカで生まれ育っているので、Mariちゃんは「最近は漢字を思い出せない」と無邪気に笑っていた。
食事の後、88(Eighty-Eight)というアジア系のスーパーマーケットを紹介してもらい、店内をぐるりと一周。Porterの壽屋ほどではないようだが(奥様談)、日本の食材や菓子類もかなり充実している。最後はDavidの運転する車でSFPまで送ってもらい、帰宅。米やミルクなど重いものを購入したのでとても助かりました。帰路、Kenちゃん、Mariちゃんとテレビの話などで盛り上がる。妻が毎朝つけている(理解はしていない)アニメ番組は、Dragon Talesという名前であることが判明。また僕たち夫婦お気に入りの”Friends”はMariちゃんはお気に召さないらしい。彼女いわく、「Will & Graceの方が面白いよ。でもニュアンスが難しいから分からないかも。」とのこと。FriendsはいわゆるAmerican Jokeを連発するのだが、登場人物の年齢も近く、分かりやすいのでとても面白い。でもMariちゃんの言う「違ったユーモア」というものを拝見すべく、早速Amazonで注文する(未発売のため先行予約)。
夜はボストン在住の親戚であるYokoちゃん一家とBrightonにあるベトナム料理店で会食。ご主人のDavidとは初対面。BUに通うKenちゃんは来月20歳(その三日後に僕は30歳…)。Mariちゃんは16歳の高校2年生。妻が英語を話せず、Davidが日本語を話せないので、微妙な空気になるかと思いきや、Yokoちゃんがいつも通り日本語でまくしたてるので(笑)、結局は日本語の会話が中心となり、Davidは蚊帳の外に。時々僕が英語で話しかけて有用な生活の知恵も得られたのであるが、彼も慣れたもので、日本語で展開される夕食もさして苦ではない様子。ちなみにKen, Mariの二人は完全なバイリンガルである。アメリカで生まれ育っているので、Mariちゃんは「最近は漢字を思い出せない」と無邪気に笑っていた。
食事の後、88(Eighty-Eight)というアジア系のスーパーマーケットを紹介してもらい、店内をぐるりと一周。Porterの壽屋ほどではないようだが(奥様談)、日本の食材や菓子類もかなり充実している。最後はDavidの運転する車でSFPまで送ってもらい、帰宅。米やミルクなど重いものを購入したのでとても助かりました。帰路、Kenちゃん、Mariちゃんとテレビの話などで盛り上がる。妻が毎朝つけている(理解はしていない)アニメ番組は、Dragon Talesという名前であることが判明。また僕たち夫婦お気に入りの”Friends”はMariちゃんはお気に召さないらしい。彼女いわく、「Will & Graceの方が面白いよ。でもニュアンスが難しいから分からないかも。」とのこと。FriendsはいわゆるAmerican Jokeを連発するのだが、登場人物の年齢も近く、分かりやすいのでとても面白い。でもMariちゃんの言う「違ったユーモア」というものを拝見すべく、早速Amazonで注文する(未発売のため先行予約)。
Lobster!
宿題はさておき、今日は朝からKi夫妻、Ka夫妻と6人でNewbury St.へ買い物に出かける。着いてからはお昼の集合時間を決めてまずは別行動。うちは一度Newburyをブラブラしたことがあったので、一本隣のBoylstonを歩くことにする。途中Trinity Churchという荘厳な教会(でもどこにでもありそうな名前)があったので「何だこれ、結構有名なのか」と地球の歩き方をおもむろに開いてみると、パリで学んだHenry Richardsonという人がロマネスク様式に影響を受けて1877年に建立した由緒正しいものであることが判明。正面から見上げると様々な彫刻がほどこしてあり、なかなかの迫力である。
Copley Squareという小さな公園を挟んで向かい側にはBoston Public Libraryがあるが、こちらも重厚かつユニークな建築物として有名らしい。Dartmouth Streetに面しているというのも僕にとっては親近感が湧く。City Sportsで買ったばかりのサッカーボールをCopley Squareで蹴り蹴りしてみるが、周囲をベンチに座った人たちに囲まれているので、ちょっと恥かしくなって退散する。
昼食はLegal Seafoodsで初めてボストン名物の「ロブスター」を食べる。想像通りプリプリしていて大変美味。手を油まみれにしながら会話もそこそこに、一心不乱にロブスターと格闘する(写真Ki氏提供)。でもやはりそれなりのお値段なので頻繁には食べられそうもない。メーン州に安くておいしい店があるそうなので、今度はメーン・ロブスターツアーをしようということで、昼食後、皆さんとは解散する。午後6時頃とりあえず昼寝のつもりでベッドに入ったのだが、目が覚めたら朝の9時。15時間睡眠はさすがに自己記録か。(6月28日)
Copley Squareという小さな公園を挟んで向かい側にはBoston Public Libraryがあるが、こちらも重厚かつユニークな建築物として有名らしい。Dartmouth Streetに面しているというのも僕にとっては親近感が湧く。City Sportsで買ったばかりのサッカーボールをCopley Squareで蹴り蹴りしてみるが、周囲をベンチに座った人たちに囲まれているので、ちょっと恥かしくなって退散する。
昼食はLegal Seafoodsで初めてボストン名物の「ロブスター」を食べる。想像通りプリプリしていて大変美味。手を油まみれにしながら会話もそこそこに、一心不乱にロブスターと格闘する(写真Ki氏提供)。でもやはりそれなりのお値段なので頻繁には食べられそうもない。メーン州に安くておいしい店があるそうなので、今度はメーン・ロブスターツアーをしようということで、昼食後、皆さんとは解散する。午後6時頃とりあえず昼寝のつもりでベッドに入ったのだが、目が覚めたら朝の9時。15時間睡眠はさすがに自己記録か。(6月28日)
Saturday, June 28, 2003
Friday Night
「落ちこぼれ組」の担任Amyはどうやら厳しいと評判の先生らしい。宿題の量も他のクラスより圧倒的に多い。若くてEnergeticなので、毎日ものすごいハイテンションでクラスに入ってくるのだが、ちょっとこちらの反応が悪かったりすると、「今日はみんなどうしたの?昨日と雰囲気が違うじゃない。何か問題があるなら言ってごらんなさい。ここは民主的なクラスなのよ。問題はすぐに解決しましょう」という調子である。僕が”Just Sleepy”などと言おうものなら、「なぜ今日は眠いの?宿題の量が多かったからなの?」と問い詰められる。そうするとみんな一斉に「その通り!」と答えるしかない。これで宿題が少なくなるかと思いきや、金曜だというのに今日はまた大量の宿題が出た(泣)。
夜はもう一つのクラスが飲み会をやるというので、TUCKのKi夫妻、Ka夫妻と一緒に参加させてもらう。MIT進学予定のS氏、24歳の香港人Gabriel、TUCKのKa氏とバカ話で異常に盛り上がる。Gabrielがやたら日本の最近の漫画、ドラマ、ゲームに詳しいのだが、それに苦もなくついていく自称「コンサルタント」のS氏は一体いつ仕事をしているのだろう。「キャプテン翼」の翼君は今、スペインのバルセロナでリバウドやクライファートと一緒にプレーしているらしい。ちなみに岬君はJリーグ(横浜Fマリノス)、若林君はドイツのブンデスリーガー所属とのこと。漫画もリアルタイムで進化している訳だ。
9時過ぎから今度はTUCKのKi氏宅にKa夫妻とうちの夫婦でお邪魔し、二次会を開催。Chinese Restaurant「香港」からデリバリーを頼み、これまた爆笑の連続で時が経つのを暫し忘れる。このメンバーも相当打ち解けてきたので、何時間話しても全然飽き足りない。気がつけば夜中の1時半まで居座ってしまった。Kiご夫妻、ごめんなさい。でもHanoverでも引き続きお世話になります(笑)。
夜はもう一つのクラスが飲み会をやるというので、TUCKのKi夫妻、Ka夫妻と一緒に参加させてもらう。MIT進学予定のS氏、24歳の香港人Gabriel、TUCKのKa氏とバカ話で異常に盛り上がる。Gabrielがやたら日本の最近の漫画、ドラマ、ゲームに詳しいのだが、それに苦もなくついていく自称「コンサルタント」のS氏は一体いつ仕事をしているのだろう。「キャプテン翼」の翼君は今、スペインのバルセロナでリバウドやクライファートと一緒にプレーしているらしい。ちなみに岬君はJリーグ(横浜Fマリノス)、若林君はドイツのブンデスリーガー所属とのこと。漫画もリアルタイムで進化している訳だ。
9時過ぎから今度はTUCKのKi氏宅にKa夫妻とうちの夫婦でお邪魔し、二次会を開催。Chinese Restaurant「香港」からデリバリーを頼み、これまた爆笑の連続で時が経つのを暫し忘れる。このメンバーも相当打ち解けてきたので、何時間話しても全然飽き足りない。気がつけば夜中の1時半まで居座ってしまった。Kiご夫妻、ごめんなさい。でもHanoverでも引き続きお世話になります(笑)。
Thursday, June 26, 2003
性分
昨日は積極的に話すことを実践したので、今日は自分からは率先して手を挙げず、大人しくしていることをテーマにした(笑)。あまり話し過ぎるのも何だし、突然指されたときにどう対応できるかを試す意味もあった。結論から言うと、試みは失敗に終わった(また沢山しゃべってしまった)。
このプログラムではグループで何かを議論する際に必ずReporterという発表者を予め決めるルールになっている。積極的に見える南米人や女性陣もこの時ばかりは意外に大人しくなってしまう。僕は昔から、このやや責任をなすりつけあうような空白の時間が苦手である。特にやる気がなくても、誰も手を挙げない時は、「じゃあ僕やります」とつい言ってしまう。結果として「出たがり」とか「話したがり」というイメージがついて回る(確かにそういう面も否定できないのだが)。元を辿れば小学生の時の学級委員長決めに遡るだろうか。先生が「誰もやらないの?決まるまで何も進まないじゃないの」と言うような場合、ほぼ例外なく、「僕やります」と言ってしまうのである。
さてこれまではなぜか男所帯に分類されることが多かったのだが、今日のWorkshopでは三人の才女に囲まれた。一人はRomiという色白の綺麗な韓国人で、かなり流暢な英語を話し、グループワークでもガンガン仕切るタイプなのだが、よく聞いてみるとまだ大学3年生とのこと。怖いもの知らずの勢いは見ていて爽快である。もう一人はIrisというペルー人。小柄でとてもキュートなのだが、やはり主張すべきところは主張してくれる。最後はHanaという韓国人。韓国の広告代理店に勤務している彼女もやはり流暢な英語を操り、積極的に場を仕切る。彼女たちと同じチームでグループワークに入ると、僕を含めた4名で発言の大半を占めてしまう。その後、15名対15名くらいのディベートに移ったのだが、何となく端っこに座る人が多かったので、思わずど真ん中に座ってしまう。これもよくあることである。真ん中をできるだけ避けようという微妙な空気が嫌なのだ。別にいつもど真ん中に座りたい訳ではない。相手側の正面にはやはりよく発言するニコラスが座っていた(国籍は失念)。
最終的に勝ち負けを決めるものではなかったが、事前に討議した内容を基に、誰かが発言に詰まると誰かがフォローするというチームの連帯感を感じることができた。一度間違って相手方の意見に”I agree with you…”と言ってしまったときは相手チームの拍手喝采を受けるはめになった。「いやいやこの部分は賛成だけど、こういう理由で反対だということを言いたかった」と冷汗をかきながら説明する。やはり我がチームはRio(僕)とHana, Irisが主に発言をする役になった。性分と言ってしまえばそれまでだが、あまり深く考えず、当面は自然体でやってみることにしよう。
このプログラムではグループで何かを議論する際に必ずReporterという発表者を予め決めるルールになっている。積極的に見える南米人や女性陣もこの時ばかりは意外に大人しくなってしまう。僕は昔から、このやや責任をなすりつけあうような空白の時間が苦手である。特にやる気がなくても、誰も手を挙げない時は、「じゃあ僕やります」とつい言ってしまう。結果として「出たがり」とか「話したがり」というイメージがついて回る(確かにそういう面も否定できないのだが)。元を辿れば小学生の時の学級委員長決めに遡るだろうか。先生が「誰もやらないの?決まるまで何も進まないじゃないの」と言うような場合、ほぼ例外なく、「僕やります」と言ってしまうのである。
さてこれまではなぜか男所帯に分類されることが多かったのだが、今日のWorkshopでは三人の才女に囲まれた。一人はRomiという色白の綺麗な韓国人で、かなり流暢な英語を話し、グループワークでもガンガン仕切るタイプなのだが、よく聞いてみるとまだ大学3年生とのこと。怖いもの知らずの勢いは見ていて爽快である。もう一人はIrisというペルー人。小柄でとてもキュートなのだが、やはり主張すべきところは主張してくれる。最後はHanaという韓国人。韓国の広告代理店に勤務している彼女もやはり流暢な英語を操り、積極的に場を仕切る。彼女たちと同じチームでグループワークに入ると、僕を含めた4名で発言の大半を占めてしまう。その後、15名対15名くらいのディベートに移ったのだが、何となく端っこに座る人が多かったので、思わずど真ん中に座ってしまう。これもよくあることである。真ん中をできるだけ避けようという微妙な空気が嫌なのだ。別にいつもど真ん中に座りたい訳ではない。相手側の正面にはやはりよく発言するニコラスが座っていた(国籍は失念)。
最終的に勝ち負けを決めるものではなかったが、事前に討議した内容を基に、誰かが発言に詰まると誰かがフォローするというチームの連帯感を感じることができた。一度間違って相手方の意見に”I agree with you…”と言ってしまったときは相手チームの拍手喝采を受けるはめになった。「いやいやこの部分は賛成だけど、こういう理由で反対だということを言いたかった」と冷汗をかきながら説明する。やはり我がチームはRio(僕)とHana, Irisが主に発言をする役になった。性分と言ってしまえばそれまでだが、あまり深く考えず、当面は自然体でやってみることにしよう。
Springboard
暑い。とにかく暑い。日差しが異常に強いので10分も歩くとかなり体力を消耗する。その上、授業が行われる教室がとても遠い。僕が住んでいるSFPからHarvard大学の中心であるHarvard Yardへは徒歩15分圏内。午前の教室はこのHarvard Yard内のSever Hallなので問題ないのだが、午後の教室がYardから更に北東に15分くらい歩いた辺鄙なところにあるVanserg Hallに決まった。
先日のPlacement Testの結果が出て、僕の成績はすこぶる悪いことが判明した。TOEFLで283点取ったのに今さらテストも何もあるもんかと完全になめた姿勢で臨んだのが悪かったのか。でも実力のなさは謙虚に反省する必要がある。ただ3つあるクラスのうち「落ちこぼれ組」に分類されたので、14名のうち11名が日本、韓国、中国人(しかも過半数が日本人)という構成になってしまった。他のクラスには南米やヨーロッパの人たち、アジア系でもネイティブスピーカーに近い人たちが含まれているので、これにはがっくりきた。でも韓国の学生とはすぐに意気投合した。昼食はTUCKのKi氏、RochesterのA氏と3名の韓国人(Joo-wan, Jung-ran, Casey)と一緒にカフェテリアでとる。3人とも秋からはMITに進学予定である。
午後のクラスは3クラス合同で行われるので、Diversityもそこそこ確保されている。細かいグループワークがいくつもアサインされ、代表者がその都度発表するというスタイルを取る。また自由討論形式でどんどんFacilitator(この国ではTeacherという概念が嫌悪されるらしい)が問いかけをしてくるので、自分のやり方次第では発言(Speak up)する機会も多く確保できる。今日は試しに何度か自分から挙手をして発言してみたが、流暢に英語が話せないということに対する気後れはそれほど感じないこと、意外に落ち着いて、言いたいことの8割は伝えられることが分かり、小さな一歩ではあるが収穫のある一日だった。ちょっとだけ笑いもとれた(笑)。
“Springboard”というのはプールなどにある「跳躍板」を意味するそうだ。このサマーを文字通りSpringboardとしてMBAの本プログラムにできるだけスムーズに移行したいものである。
先日のPlacement Testの結果が出て、僕の成績はすこぶる悪いことが判明した。TOEFLで283点取ったのに今さらテストも何もあるもんかと完全になめた姿勢で臨んだのが悪かったのか。でも実力のなさは謙虚に反省する必要がある。ただ3つあるクラスのうち「落ちこぼれ組」に分類されたので、14名のうち11名が日本、韓国、中国人(しかも過半数が日本人)という構成になってしまった。他のクラスには南米やヨーロッパの人たち、アジア系でもネイティブスピーカーに近い人たちが含まれているので、これにはがっくりきた。でも韓国の学生とはすぐに意気投合した。昼食はTUCKのKi氏、RochesterのA氏と3名の韓国人(Joo-wan, Jung-ran, Casey)と一緒にカフェテリアでとる。3人とも秋からはMITに進学予定である。
午後のクラスは3クラス合同で行われるので、Diversityもそこそこ確保されている。細かいグループワークがいくつもアサインされ、代表者がその都度発表するというスタイルを取る。また自由討論形式でどんどんFacilitator(この国ではTeacherという概念が嫌悪されるらしい)が問いかけをしてくるので、自分のやり方次第では発言(Speak up)する機会も多く確保できる。今日は試しに何度か自分から挙手をして発言してみたが、流暢に英語が話せないということに対する気後れはそれほど感じないこと、意外に落ち着いて、言いたいことの8割は伝えられることが分かり、小さな一歩ではあるが収穫のある一日だった。ちょっとだけ笑いもとれた(笑)。
“Springboard”というのはプールなどにある「跳躍板」を意味するそうだ。このサマーを文字通りSpringboardとしてMBAの本プログラムにできるだけスムーズに移行したいものである。
Tuesday, June 24, 2003
試練
と言っても、楽しくお酒を飲んで帰ってきたので大変眠い=日記の継続危うしというくらいの話である。今日は同じくTUCK05のI氏一家(奥様と1歳半のこれまた美形のお嬢様)がボストンに到着したので、既にボストン入りしているメンバー及びパートナーで歓迎会をする。総勢12名(含む子供2人)。奥様も含めて、お互い随分打ち解けてきたのですこぶる居心地がいい(それでいいのかという話はさておき)。既にTUCK Communityがボストンで形成されつつあるのを感じる。一応お店は現地の方ばかりが集うアメリカンパブを選んだのだが、適度に酒が入ってくると結局は日本の居酒屋状態になる。
今日からEnglish for the MBAというサマープログラムが始まった。あまりの日本人の多さに唖然としつつ、「まいっか、夏の間は楽しめば」という自分と、「いやいや、9月から突入する地獄のFall Termを考えると、それなりの準備はしておかないと」という自分の間で葛藤が始まっている。
とにかく今日は眠いので明日から考えることにします。
今日からEnglish for the MBAというサマープログラムが始まった。あまりの日本人の多さに唖然としつつ、「まいっか、夏の間は楽しめば」という自分と、「いやいや、9月から突入する地獄のFall Termを考えると、それなりの準備はしておかないと」という自分の間で葛藤が始まっている。
とにかく今日は眠いので明日から考えることにします。
Monday, June 23, 2003
節約
午前中に事務手続きをまとめて処理する。所属会社や保険会社、銀行などに住所変更や口座開設の報告書を提出する。メールで済むところもあれば、紙に印鑑を押して郵送する必要があるものもある。僕は長い文章を読むときなどは紙に打ち出さなければ気がすまないタイプであるが、こういう事務手続きはそろそろペーパーレスでお願いしたいと思う。おかげで15分くらい歩いてStaplesで必要書類をコピーした後、更に歩いてPost Officeで郵送をお願いするはめになる。ちなみに紙を4枚ほど郵送したのであるが、Staplesで確認したところ、UPS(宅急便)を使うと40ドル以上、FAXを使う場合でも10ドル以上ととってもお高い。これがPost Officeで普通便(1週間程度で到着)を使うと2.6ドルで済んでしまう。日本では金銭的なことに全く無頓着だったのだが、こうしてみると日々の節約の積み重ねがいかに大切かということを実感させられる。こちらの人はそういう点で非常に親切で、自分の店よりも安い他店のサービスを積極的に薦めてくれたりする。
昨日も少し書いたが、Calling Cardを使うと長距離・国際電話もおそろしく安い。ちなみにこちらの人はCalling Cardをやたらと使う。日本のテレホンカードとは全くニュアンスが異なり、格安の電話サービスという位置づけである。仕組みはいたって単純、まずフリーダイヤル番号にかけた後、カードの裏面をスクラッチして出てくるPIN番号、次に相手の電話番号を入力すると、「あなたの電話からその相手へはあと何分話せます」と親切にアナウンスまでしてくれる。
今僕が使っているCalling Cardも、日本への通話が1分当り8セント(約10円)である。ふと大手とどのくらい違うのだろうと思い、AT&Tのサイトで検索してみると、1分当り12セント(約14円)とこちらも結構安い。ちなみにKDDIの国際電話は6秒当たり6円、つまり1分あたり60円ということである(2003年6月現在)。マイライン契約をすれば最大50%の割引が得られると謳われているが、Yahoo!BBのIP電話サービス(BBフォン)は何と1分2.5円。おそろしい料金設定をする会社である。電話料金のデフレ現象を見るにつけ、数年前とは隔世の感があるなあとしみじみ思う。
昨日は一日どしゃぶりの雨だったのだが、今日は一転快晴である。Charles Riverの美しさも際立っていた。奥様もご満悦である。
昨日も少し書いたが、Calling Cardを使うと長距離・国際電話もおそろしく安い。ちなみにこちらの人はCalling Cardをやたらと使う。日本のテレホンカードとは全くニュアンスが異なり、格安の電話サービスという位置づけである。仕組みはいたって単純、まずフリーダイヤル番号にかけた後、カードの裏面をスクラッチして出てくるPIN番号、次に相手の電話番号を入力すると、「あなたの電話からその相手へはあと何分話せます」と親切にアナウンスまでしてくれる。
今僕が使っているCalling Cardも、日本への通話が1分当り8セント(約10円)である。ふと大手とどのくらい違うのだろうと思い、AT&Tのサイトで検索してみると、1分当り12セント(約14円)とこちらも結構安い。ちなみにKDDIの国際電話は6秒当たり6円、つまり1分あたり60円ということである(2003年6月現在)。マイライン契約をすれば最大50%の割引が得られると謳われているが、Yahoo!BBのIP電話サービス(BBフォン)は何と1分2.5円。おそろしい料金設定をする会社である。電話料金のデフレ現象を見るにつけ、数年前とは隔世の感があるなあとしみじみ思う。
昨日は一日どしゃぶりの雨だったのだが、今日は一転快晴である。Charles Riverの美しさも際立っていた。奥様もご満悦である。
Sunday, June 22, 2003
T-Mobile
未だに電話がないというのは結構不便である。僕が部屋をSubletさせてもらっている方は普段携帯電話しか使っていないため、いわゆる"Land Line"が引かれていない。つまり僕の連絡手段はと言えば、メール以外、専ら公衆電話(Calling Card)という状況が続いている。火曜日からは本格的に授業が始まるため、人と待ち合わせをしたり、妻と別々に行動したりする機会も増える訳で、携帯電話の入手は今日の大きなテーマである。
職業柄、この種の企業、サービスは日本にいるときからある程度理解していたのだが、実際にショップや量販店を回って比較検討するというのはなかなか興味深い。結局Cambridgeエリアにある携帯電話ショップ、電気店(RADIO SHACK)を2周したあげく、期間限定(2ヶ月間)のPrepaidサービスを薦めてくれた"T-Mobile"でNokiaの端末を購入する。加入費、端末代金、125分の通話料(全米均一)込みで、一人当り$99.99と、なかなかお手頃である。しかも追加分数が必要になった場合、後から必要な分だけ購入することもできる。携帯から国際電話をかける場合でも、Calling Cardを使えば、ローカル通話料とCalling Cardの格安国際電話料のみで通話することができる。
大手のVerizon Wirelessは利用可能エリアも広く、8月中旬の引越し後(Hanover, NH)も使えるということで当初第一候補であったのだが、Social Security Number(SSN)を保有していない場合、$1,000という法外なDepositが必要ということで、残念ながら今回は利用を見送ることになった。米国は銀行口座の開設よりも、携帯電話の契約が困難という不可解な国なのである。
帰宅後、早速充電を開始しているので、明日からは漸く携帯電話生活が帰ってくる。
職業柄、この種の企業、サービスは日本にいるときからある程度理解していたのだが、実際にショップや量販店を回って比較検討するというのはなかなか興味深い。結局Cambridgeエリアにある携帯電話ショップ、電気店(RADIO SHACK)を2周したあげく、期間限定(2ヶ月間)のPrepaidサービスを薦めてくれた"T-Mobile"でNokiaの端末を購入する。加入費、端末代金、125分の通話料(全米均一)込みで、一人当り$99.99と、なかなかお手頃である。しかも追加分数が必要になった場合、後から必要な分だけ購入することもできる。携帯から国際電話をかける場合でも、Calling Cardを使えば、ローカル通話料とCalling Cardの格安国際電話料のみで通話することができる。
大手のVerizon Wirelessは利用可能エリアも広く、8月中旬の引越し後(Hanover, NH)も使えるということで当初第一候補であったのだが、Social Security Number(SSN)を保有していない場合、$1,000という法外なDepositが必要ということで、残念ながら今回は利用を見送ることになった。米国は銀行口座の開設よりも、携帯電話の契約が困難という不可解な国なのである。
帰宅後、早速充電を開始しているので、明日からは漸く携帯電話生活が帰ってくる。
Saturday, June 21, 2003
Soldiers Field Park
ボストンでの仮住まいとなるHarvardの学生寮(Soldiers Field Park, 略してSFP)へ入居する。イーサネットケーブルを接続するだけでHarvardの高速インターネットに接続できたのには感動した。日本の家に引いていたADSLより全然速い。当然のように無線LANにも対応している。
昨日はかなり暑くてへばったのだが、今日は一日曇っていたため一転して過ごしやすい気候となった。夜からは雨が降り出して、気温もぐっと冷え込んできた。
今日から写真のアップも開始する。リンクに埋め込むこともできるのだが、テキストだけのウェブサイトというのも見た目に潤いがないので、たまには思い切って画像をそのまま張ってしまうことにする。ちなみにリンクに埋め込んだ場合こんな感じです→Harvardさんと僕
昨日はかなり暑くてへばったのだが、今日は一日曇っていたため一転して過ごしやすい気候となった。夜からは雨が降り出して、気温もぐっと冷え込んできた。
今日から写真のアップも開始する。リンクに埋め込むこともできるのだが、テキストだけのウェブサイトというのも見た目に潤いがないので、たまには思い切って画像をそのまま張ってしまうことにする。ちなみにリンクに埋め込んだ場合こんな感じです→Harvardさんと僕
Placement Test
今日はHarvard Summer Schoolの受付開始日ということで、Harvard Square近辺は昨日までとうって代わってWelcomeムード一色になっていた。街のあちこちに横断幕が掲げられ、"Harvard Summer"とプリントされたTシャツを着たスタッフ、ボランティアたちが続々到着する学生の対応に追われている。写真入りのIDカードをもらうブースでは、若くて綺麗めのお姉さんが対応してくれたが、名札にはよく見覚えのある名前が…なかなか発行してもらえないI-20を督促するために、散々メールや電話で問合せをしたInternational Officeの人だった。電話やメールでは結構冷たい感じだったが、実際会ってみるとむしろフレンドリーな部類に入る人だった。やはり「対面は強し」である。
午後は"English for the MBA"のクラス分けテスト(Placement Test)があった。大きな講堂に留学生たちが集結し、ひと通り試験官から説明があった後、Listening, Grammer, Vocaburary, Readingの計100問を解く、いわゆるTOEICのような試験だった。これほど気合いの入らない試験も久しぶりだったが、とりあえず最後まで頑張って解答する。試験の後、MITに進学する友人のGさん他2名と、TUCK05の4名と談笑しつつ、家路につく。夜はTUCK05の4名及びパートナーと会食。渡米4日目にして早くも中華料理に走る。昨日までサンドイッチにハンバーガー、ホットドッグ、ベーグルしか食べていなかったのだが(全部同じに感じるのは僕だけでしょうか…)、やっぱり中華はうまい。Yoさんの奥様と愛娘のSちゃん(1歳)と初対面。Sちゃんは万人が認める超美形。TUCK CommunityのPrincessになること間違いなしだろう。
午後は"English for the MBA"のクラス分けテスト(Placement Test)があった。大きな講堂に留学生たちが集結し、ひと通り試験官から説明があった後、Listening, Grammer, Vocaburary, Readingの計100問を解く、いわゆるTOEICのような試験だった。これほど気合いの入らない試験も久しぶりだったが、とりあえず最後まで頑張って解答する。試験の後、MITに進学する友人のGさん他2名と、TUCK05の4名と談笑しつつ、家路につく。夜はTUCK05の4名及びパートナーと会食。渡米4日目にして早くも中華料理に走る。昨日までサンドイッチにハンバーガー、ホットドッグ、ベーグルしか食べていなかったのだが(全部同じに感じるのは僕だけでしょうか…)、やっぱり中華はうまい。Yoさんの奥様と愛娘のSちゃん(1歳)と初対面。Sちゃんは万人が認める超美形。TUCK CommunityのPrincessになること間違いなしだろう。
Friday, June 20, 2003
Harvard到着
成田からシカゴまで11時間強、そこから更に乗り継ぎでボストンまで2時間半、ボストン・ローガン空港からタクシーでHarvard Squareのホテルへ向かう。機内では半分熟睡、半分は映画やゲーム等で時間を潰し、特に疲労を感じることもなく「楽しい空の旅」を過ごせたのであるが(当然エコノミー)、さすがに長旅の後だけにホテルではドッと疲れが出た。18時にはベッドに入り、約13時間眠って、朝の7時に目が覚めた。(6月18日)
翌19日は、Harvardの敷地内を散策しつつ、Summer School Management OfficeやInternational Office、Housing Office等を訪ねて回り、出来る限りの手続きを済ませる。8月中旬までのボストン滞在中の仮住居は、HBS(Harvard Business School)の現1年生である台湾人の方の寮をSublet(又貸し)させていただくことで決まりそうである。
僕が秋から通うことになるNew Hampshire州のTUCK School of Business(Dartmouth大学)もそうであるが、赤レンガの建物と自然の緑が見事に調和したキャンパス(というよりも街全体)の美しさに感嘆してしまう。これぞ"New England"である。HBSとHarvard大学の間を流れるCharles Riverでは多くの学生たちがカヌーを楽しんでいて、とても優雅な光景である。午後は、ボストンから車で2時間ちょっと北上したところにあるHanoverへ、レンタカー(Chevrolet/Blazer)で向かう。Hanoverは本ウェブサイトのタイトルにもなっているように、僕が秋から約2年間を過ごすことになるNew Hampshire州の都市(と呼べるほど大きくはないが)である。Fleet Bankで早速銀行口座の開設を申請するが、当日預金できるキャッシュが少額であったため、とりあえずStudent Account(Checking Accoungの中の1メニュー)なるもので一旦契約し、資金が増えた段階で、利子のつくSaving Accountと組合せたプランを考えようということになる。夜はたまたま現地で居合わせた同級生となるKa夫妻と一緒に、在校生のMさん宅でワインをご馳走になる。Mさん宅では以前粗相をした経験があるので、「今日は上品に」と思いつつも、ついつい楽しくて、またいい気分で酔っ払ってしまった。(6月19日)
翌20日は秋からの本住居について契約の詳細をつめるために、Hanoverから車で10分ほどのところにあるWest Lebanonの大家のオフィスに向かう。家賃に含まれるもの、含まれないものが何なのか(ゴミ回収や冬場の雪かき、水道代等は含まれており、電気代は含まれていなかった)、屋根付きの駐車場が確保されるか(こちらでは冬が異常に長いので、屋根がないと車を救出するだけで毎朝大変な手間と時間がかかる)、郵送物はどこに到着するのか、毎月の家賃支払いはどのように行うのか等、現時点で不明な点はほぼ全てクリアにしておいた。いろいろな本や先輩方の話から、住居の契約は慎重を期すべきという教訓が叩き込まれていたので、念には念を入れつつ、でもこれから2年近くお世話になる可能性のある大家さんだけに(一見かなり強面、ひげ面、かつプロレスラーみたいな大柄なおじさん)、フレンドリーな雰囲気作りも意識せざるを得ない。
建物はCondoタイプ(日本のアパートのようなもの)で、部屋は2 Bed Room(日本で言う2LDKに相当)とそれほど広くはないのだが、夫婦二人で住むには程よい広さであり、建物や部屋が清潔で、窓からは一面の白樺林が見えること等から、とても気に入っている。この一帯は"Meadow Brook Village"と呼ばれ、全部で4棟(各24部屋)で構成されている。日本人はどうやら僕たちの他は、もう一軒(医療関係の仕事をされている方)のみのようである。
夕方からは偶然出くわした同級生のKi夫妻と一緒に、Blazer号でボストンへとトンボ帰り。それにしてもこの「出くわし率」は半端じゃない。昨日出くわしたKa夫妻とも途中でまたすれ違った。「なるほど、全員が顔見知りになるTUCK Communityとはこれのことか」と実感する。半年後には、街ですれ違うほとんどの人と挨拶を交わすことになりそうな予感がする。
帰路は途中で道を間違ったり、入るはずのなかったボストンのダウンタウンにはまったりして、結局4時間近くかかって漸く家路についた。あまりにも疲れたので夕食もパスして就寝することにする。
翌19日は、Harvardの敷地内を散策しつつ、Summer School Management OfficeやInternational Office、Housing Office等を訪ねて回り、出来る限りの手続きを済ませる。8月中旬までのボストン滞在中の仮住居は、HBS(Harvard Business School)の現1年生である台湾人の方の寮をSublet(又貸し)させていただくことで決まりそうである。
僕が秋から通うことになるNew Hampshire州のTUCK School of Business(Dartmouth大学)もそうであるが、赤レンガの建物と自然の緑が見事に調和したキャンパス(というよりも街全体)の美しさに感嘆してしまう。これぞ"New England"である。HBSとHarvard大学の間を流れるCharles Riverでは多くの学生たちがカヌーを楽しんでいて、とても優雅な光景である。午後は、ボストンから車で2時間ちょっと北上したところにあるHanoverへ、レンタカー(Chevrolet/Blazer)で向かう。Hanoverは本ウェブサイトのタイトルにもなっているように、僕が秋から約2年間を過ごすことになるNew Hampshire州の都市(と呼べるほど大きくはないが)である。Fleet Bankで早速銀行口座の開設を申請するが、当日預金できるキャッシュが少額であったため、とりあえずStudent Account(Checking Accoungの中の1メニュー)なるもので一旦契約し、資金が増えた段階で、利子のつくSaving Accountと組合せたプランを考えようということになる。夜はたまたま現地で居合わせた同級生となるKa夫妻と一緒に、在校生のMさん宅でワインをご馳走になる。Mさん宅では以前粗相をした経験があるので、「今日は上品に」と思いつつも、ついつい楽しくて、またいい気分で酔っ払ってしまった。(6月19日)
翌20日は秋からの本住居について契約の詳細をつめるために、Hanoverから車で10分ほどのところにあるWest Lebanonの大家のオフィスに向かう。家賃に含まれるもの、含まれないものが何なのか(ゴミ回収や冬場の雪かき、水道代等は含まれており、電気代は含まれていなかった)、屋根付きの駐車場が確保されるか(こちらでは冬が異常に長いので、屋根がないと車を救出するだけで毎朝大変な手間と時間がかかる)、郵送物はどこに到着するのか、毎月の家賃支払いはどのように行うのか等、現時点で不明な点はほぼ全てクリアにしておいた。いろいろな本や先輩方の話から、住居の契約は慎重を期すべきという教訓が叩き込まれていたので、念には念を入れつつ、でもこれから2年近くお世話になる可能性のある大家さんだけに(一見かなり強面、ひげ面、かつプロレスラーみたいな大柄なおじさん)、フレンドリーな雰囲気作りも意識せざるを得ない。
建物はCondoタイプ(日本のアパートのようなもの)で、部屋は2 Bed Room(日本で言う2LDKに相当)とそれほど広くはないのだが、夫婦二人で住むには程よい広さであり、建物や部屋が清潔で、窓からは一面の白樺林が見えること等から、とても気に入っている。この一帯は"Meadow Brook Village"と呼ばれ、全部で4棟(各24部屋)で構成されている。日本人はどうやら僕たちの他は、もう一軒(医療関係の仕事をされている方)のみのようである。
夕方からは偶然出くわした同級生のKi夫妻と一緒に、Blazer号でボストンへとトンボ帰り。それにしてもこの「出くわし率」は半端じゃない。昨日出くわしたKa夫妻とも途中でまたすれ違った。「なるほど、全員が顔見知りになるTUCK Communityとはこれのことか」と実感する。半年後には、街ですれ違うほとんどの人と挨拶を交わすことになりそうな予感がする。
帰路は途中で道を間違ったり、入るはずのなかったボストンのダウンタウンにはまったりして、結局4時間近くかかって漸く家路についた。あまりにも疲れたので夕食もパスして就寝することにする。
Tuesday, June 17, 2003
ALL SET
昼過ぎに最近の習慣となっている旅行代理店への電話がけをする。担当者の方は「あれー、連絡行ってないですかぁ?先ほどVISAが下りていたので連絡が入ってると思ってたんですけどぉ」と思いっきり拍子抜けするトーンで待ち焦がれていたVISAの発給を通知してくれた。ひょっとしたらTUCKから合格通知をもらったときに匹敵する喜びだったかもしれない。実に申請から26日目にして、漸く入国許可のお墨付きをもらったことになる。
大急ぎで上野の代理店へ出向き、必要書類一式を受け取る。噂に聞くVISA(F1)とはなかなか格好が良く、リンカーンの肖像画と自分の写真が並んで写っている紙幣のようなものがパスポートに糊付けしてある。それから携帯電話の解約や自宅の電話の解約(ADSLモデム、スプリッターの返送)などをバタバタと行う。さあ準備万端、タクシーを呼ぼうという段になって、「あれ、電話がないのにどうやって呼ぶの…」ということに気づく。止むを得ず奥さんがダッシュで近所の公衆電話へ向かい、その間、僕がスーツケース(大)を二つ、スーツケース(中)を一つと、手荷物二つを必死に外に運び出す。今日は成田に前泊し、明日の朝のフライトで出国である。
夜は日航ホテル11階のスカイラウンジで妻と酒を酌み交わしながら、これまでの長かったMBA受験の顛末や、自分を信頼してくれた人たちの話、将来の夢について久しぶりにゆっくり語り合った。考えてみると、入社前からMBAという留学制度の存在は知っていて、漠然とした目標ではあったのだが、まさか自分が本当にそのテーブルに乗ることができるとは全く思っていなかった。本気でMBA留学というものを意識し始めたのは、入社3年が過ぎ、当初の配属先からの異動が滞った時期だった。会社という枠から飛び出して自分の可能性を広げられるのは今しかないと、弱冠25歳の僕は真剣に悩んだのである。意を決して父に、「会社を辞めてMBAを目指したいので当面の資金援助をお願いしたい」という打診をした夜のことは今も鮮明に覚えている。父はひとしきり僕の話を聞いた後、こう切り出した。「2年後には会社として留学制度の対象になるんだろう?だったらそこでチャレンジしてからでも遅くないんじゃないか。それまでの2年間、精一杯努力してみて、それでも駄目だったらまたそのときに考えればいいんじゃないか?」既に退社する決意まで固めていた僕にとって、父の言葉はもどかしく、非常に保守的にも思えたのだが、その時はなぜか、「父の言うことももっともだ。あと2年、やれるだけやってみて、それでも駄目だったらそのときに考えてみよう」と前向きに考えることができた。来月30歳という節目を迎える僕にとって、この選択は吉と出た。当時の自分に欠けていた多くの経験を積むことができ、今でこそ理解できること、本当に学びたいと思えることが実に多くなっている。
日本最後の夜ということで、モエ・シャンドンやシャブリのボトルをまるでどら息子のように躊躇なくオーダーし、随分気持ち良く飲んでしまった。明朝、いよいよボストンに向けて出発する。MBAを志さなければ決して見ることのなかった世界、その世界が明日からの僕の日常となる。不思議と不安は全く感じない。あるのは無限に広がる可能性とワクワクするようなチャレンジの毎日だけである。
大急ぎで上野の代理店へ出向き、必要書類一式を受け取る。噂に聞くVISA(F1)とはなかなか格好が良く、リンカーンの肖像画と自分の写真が並んで写っている紙幣のようなものがパスポートに糊付けしてある。それから携帯電話の解約や自宅の電話の解約(ADSLモデム、スプリッターの返送)などをバタバタと行う。さあ準備万端、タクシーを呼ぼうという段になって、「あれ、電話がないのにどうやって呼ぶの…」ということに気づく。止むを得ず奥さんがダッシュで近所の公衆電話へ向かい、その間、僕がスーツケース(大)を二つ、スーツケース(中)を一つと、手荷物二つを必死に外に運び出す。今日は成田に前泊し、明日の朝のフライトで出国である。
夜は日航ホテル11階のスカイラウンジで妻と酒を酌み交わしながら、これまでの長かったMBA受験の顛末や、自分を信頼してくれた人たちの話、将来の夢について久しぶりにゆっくり語り合った。考えてみると、入社前からMBAという留学制度の存在は知っていて、漠然とした目標ではあったのだが、まさか自分が本当にそのテーブルに乗ることができるとは全く思っていなかった。本気でMBA留学というものを意識し始めたのは、入社3年が過ぎ、当初の配属先からの異動が滞った時期だった。会社という枠から飛び出して自分の可能性を広げられるのは今しかないと、弱冠25歳の僕は真剣に悩んだのである。意を決して父に、「会社を辞めてMBAを目指したいので当面の資金援助をお願いしたい」という打診をした夜のことは今も鮮明に覚えている。父はひとしきり僕の話を聞いた後、こう切り出した。「2年後には会社として留学制度の対象になるんだろう?だったらそこでチャレンジしてからでも遅くないんじゃないか。それまでの2年間、精一杯努力してみて、それでも駄目だったらまたそのときに考えればいいんじゃないか?」既に退社する決意まで固めていた僕にとって、父の言葉はもどかしく、非常に保守的にも思えたのだが、その時はなぜか、「父の言うことももっともだ。あと2年、やれるだけやってみて、それでも駄目だったらそのときに考えてみよう」と前向きに考えることができた。来月30歳という節目を迎える僕にとって、この選択は吉と出た。当時の自分に欠けていた多くの経験を積むことができ、今でこそ理解できること、本当に学びたいと思えることが実に多くなっている。
日本最後の夜ということで、モエ・シャンドンやシャブリのボトルをまるでどら息子のように躊躇なくオーダーし、随分気持ち良く飲んでしまった。明朝、いよいよボストンに向けて出発する。MBAを志さなければ決して見ることのなかった世界、その世界が明日からの僕の日常となる。不思議と不安は全く感じない。あるのは無限に広がる可能性とワクワクするようなチャレンジの毎日だけである。
Monday, June 16, 2003
足止め
VISAが下りない。既に旅行代理店経由で申請してから25日が過ぎている。現在個人でVISAを米国大使館に申請することはできないため、指定の代理店を通すことになっている。当初「10日から2週間程度で下りると思います」と言われていたため、何の心配もしていなかったのであるが、全ての準備が整った段階で肝心のVISAが下りないというのはかなり切ない。代理店としても、電話での問合せが認められておらず、FAXで照会をかけるものの、申請のピークであるこの時期にはろくに返事も返って来ないらしい。米国人のおそるべき事務処理能力の低さは今回のMBA受験で嫌というほど実感したことではあるが、出国直前までその事実に悩まされることになった。先輩方に言わせると、「まだまだこれから」ということらしい。
B-Schoolの受験とは違って完全な他力本願であり、どうすることもできないもどかしさにストレスを感じるが、あまり考えても仕方がないので果報を寝て待つことにする。明日はVISAが下りますように!
B-Schoolの受験とは違って完全な他力本願であり、どうすることもできないもどかしさにストレスを感じるが、あまり考えても仕方がないので果報を寝て待つことにする。明日はVISAが下りますように!
Sunday, June 15, 2003
最後の買物
今日は週末なのに朝から早起き(と言っても9時半)して、新宿、池袋へ最後の買物に出かけた。革靴は雪の上でも滑らないように、Mr. Minitで靴底に滑り止めをつけてもらった。北国流に言うといわゆる"Winterize"である。デジカメはどうやらここ3週間の怒涛の飲み会の最中に失くしたらしく、お気に入りのEXILIM(CASIO)の新バージョンを購入。これはポケットに収まる超薄型で、気軽に持ち歩けて本当に重宝する。アメリカでもこれを出す度に"Oh! Look at this! What a small camera!"と一躍人気者になってしまう優れものだ。その他、携帯用ウォシュレット、現地の方へのお土産として和風のPhoto Albumや手鏡などをまとめて購入する。
途中東武のHMVへ寄り道して、氣志團のOne Night Carnivalを立ち聞きする。あんな風貌なのに、音楽はかなりキャッチーでとっつきやすい。でも2年後には間違いなく消えているんだろうな。最近ブレイクした森山直太朗やFLOWはどうなっているだろう。そう言えばいつの間にかM-floからリサがいなくなっている。20代中盤まではこういう流行から取り残されるのが何となく嫌だった。でもこれからの2年間はCultureも含めてアメリカにどっぷり浸かってやろうと思う。JR池袋駅の人ごみをかき分けつつ、いつもだったらうんざりするようなこんな混雑でさえちょっと微笑ましく思える。
夜は近所のすし屋で両親と最後の夕食をともにする。自分たちが果したかった夢を息子夫婦に託したいという両親の気持ちも胸に閉って、ほろ酔い気分で帰路についた。
途中東武のHMVへ寄り道して、氣志團のOne Night Carnivalを立ち聞きする。あんな風貌なのに、音楽はかなりキャッチーでとっつきやすい。でも2年後には間違いなく消えているんだろうな。最近ブレイクした森山直太朗やFLOWはどうなっているだろう。そう言えばいつの間にかM-floからリサがいなくなっている。20代中盤まではこういう流行から取り残されるのが何となく嫌だった。でもこれからの2年間はCultureも含めてアメリカにどっぷり浸かってやろうと思う。JR池袋駅の人ごみをかき分けつつ、いつもだったらうんざりするようなこんな混雑でさえちょっと微笑ましく思える。
夜は近所のすし屋で両親と最後の夕食をともにする。自分たちが果したかった夢を息子夫婦に託したいという両親の気持ちも胸に閉って、ほろ酔い気分で帰路についた。
Saturday, June 14, 2003
船便アメリカへ
今日は船便で送る荷物を梱包し、日通の方に引き取ってもらった。到着まで約50日を要するということで、当面不要なものを分類してダンボールに詰めていく。荷物のほとんどは書籍と衣服である。元々ハードカバーの本を好んで買っていたので、嫌がらせのようにダンボールが重い。本当に向こうで読むのかという話はさておき、本棚に並べるだけでも安心するので、一応お気に入りの本は全て詰めておいた。
日本の電化製品は基本的に変圧器(これが結構高い)をかませる必要があるので、現地で安いものを購入した方が安価(かつ便利)だったりする。電化製品で持っていくものと言えば、せいぜい炊飯器、ホットプレートくらいなものである。あとRegion Codeの関係で日本のDVDソフトが米国のDVDプレイヤーで見られないので(逆もまた真なり)、我が家のDVDプレイヤーであるプレステ2も紙にくるんで入れておいた。秋葉原などのアングラショップでは「Region Free」のDVDプレイヤーを売っていると聞いていたが、僕がリサーチした限りでは、結局のところ違法利用者とメーカーのいたちごっこで、新しいソフトは見られなくなっていたりするらしい。ということで大人しく、日本のソフトはプレステ2で、米国のソフトは別途現地でプレイヤーを購入ということで落ち着いた。
それから米国は最近、食品、薬品類の輸入にかなり神経質になっている。肉類や乳製品は基本的に送れない(カップラーメンもほとんどアウト)。キャラメルマキアートや鶏がらスープの素は残念ながら居残り組へ。奥さんが一生懸命衣類に忍ばせた防虫剤も全て不可。もう一度全てビニールをダンボールから出して防虫剤を探し出すという何とも情けない時間を過ごす。ヘアスプレーもあえなく居残りとなった。米国よりよっぽど衛生的(かつ人畜無害)な日本から入国するのに、こういう検閲を受けるのはいかにも理不尽である。でも天下の米国様に「入国させてもらう」以上仕方ないのだろう。
一足先に我が家を出るダンボールたち(でも到着は随分あと)を玄関先で見送る。See you soon!
日本の電化製品は基本的に変圧器(これが結構高い)をかませる必要があるので、現地で安いものを購入した方が安価(かつ便利)だったりする。電化製品で持っていくものと言えば、せいぜい炊飯器、ホットプレートくらいなものである。あとRegion Codeの関係で日本のDVDソフトが米国のDVDプレイヤーで見られないので(逆もまた真なり)、我が家のDVDプレイヤーであるプレステ2も紙にくるんで入れておいた。秋葉原などのアングラショップでは「Region Free」のDVDプレイヤーを売っていると聞いていたが、僕がリサーチした限りでは、結局のところ違法利用者とメーカーのいたちごっこで、新しいソフトは見られなくなっていたりするらしい。ということで大人しく、日本のソフトはプレステ2で、米国のソフトは別途現地でプレイヤーを購入ということで落ち着いた。
それから米国は最近、食品、薬品類の輸入にかなり神経質になっている。肉類や乳製品は基本的に送れない(カップラーメンもほとんどアウト)。キャラメルマキアートや鶏がらスープの素は残念ながら居残り組へ。奥さんが一生懸命衣類に忍ばせた防虫剤も全て不可。もう一度全てビニールをダンボールから出して防虫剤を探し出すという何とも情けない時間を過ごす。ヘアスプレーもあえなく居残りとなった。米国よりよっぽど衛生的(かつ人畜無害)な日本から入国するのに、こういう検閲を受けるのはいかにも理不尽である。でも天下の米国様に「入国させてもらう」以上仕方ないのだろう。
一足先に我が家を出るダンボールたち(でも到着は随分あと)を玄関先で見送る。See you soon!
Friday, June 13, 2003
Blog記念日
お世話になった先輩方や同僚たちへの挨拶を済ませ、2年間留守にすることになる会社を後にした。快く笑顔で送り出してくれた人、冗談ばかり言いながら最後だけは真顔で頑張って来いと言ってくれた人、わざわざ遠くのオフィスからプレゼントを持ってきてくれた人。いつかは来ると思っていた日が本当に訪れたことを実感するとともに、本当に感謝の気持ちで一杯になった。薄暮にそびえ立つ見慣れたはずの本社ビルを見上げながら、2年という空白の時間にこの会社は、この会社のあの人たちは、そして何よりもこの僕は一体どうなっているだろうかと、近くて遠い未来に思いを馳せる。感謝と使命感と希望と少しの不安と。複雑な感情が入り混じり、胸の中でこみ上げてくるものを感じた。
時々ブーブー文句も言ってきたが、今日ほど社費で留学させてもらうことの重みとありがたさを感じたことはなかったと思う。一方で、2年後に帰ってきたときにも、僕は「普通の社員」で収まるつもりはない。既存の秩序や慣習にとらわれることなく、言うべきことは言い、志を同じくする仲間たちと、必要な変革を起していくつもりだ。今日のこの気持ち、初心を忘れないためにも、今日という日を記念すべき僕のBlog生活の始まりとしたい。
かつて日記というものを継続できたためしがない意志薄弱な自分ではあるが、海外での留学生活という「非日常」を何らかの形で残しておきたいという欲求は強いものがあり、毎日とはいかないまでも、日々驚きの連続になるであろうこの2年という「日常」を、Blogというメディアを通じて綴っていきたいと思う。
時々ブーブー文句も言ってきたが、今日ほど社費で留学させてもらうことの重みとありがたさを感じたことはなかったと思う。一方で、2年後に帰ってきたときにも、僕は「普通の社員」で収まるつもりはない。既存の秩序や慣習にとらわれることなく、言うべきことは言い、志を同じくする仲間たちと、必要な変革を起していくつもりだ。今日のこの気持ち、初心を忘れないためにも、今日という日を記念すべき僕のBlog生活の始まりとしたい。
かつて日記というものを継続できたためしがない意志薄弱な自分ではあるが、海外での留学生活という「非日常」を何らかの形で残しておきたいという欲求は強いものがあり、毎日とはいかないまでも、日々驚きの連続になるであろうこの2年という「日常」を、Blogというメディアを通じて綴っていきたいと思う。