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Thursday, July 31, 2003

The Road Not Taken 

アメリカ人なら子供の時に習って誰でも知っている有名な詩だそうだ。作者のRobert FrostはDartmouth大学に通ったこともあるNew Englanderである。この詩にはとても感銘を受けたので、Reminderとして日記に残しておきたい。

The Road Not Taken
Robert Frost

Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;

Then took the other, as just as fair,
And having perhaps the better claim,
Because it was grassy and wanted wear;
Though as for that the passing there
Had worn them really about the same,

And both that morning equally lay
In leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
Yet knowing how way leads on to way,
I doubted if I should ever come back.

I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence:
Two roads diverged in a wood, and I--
I took the one less traveled by,
And that has made all the difference.

人生の岐路に立ったときにどちらの道に進むべきか、悩んだことは数多い。この詩のように、あまり人が進まない方の道を選んだこともある。これからも何度も直面するだろう。それが正しい選択だったかどうかは誰にも分からない。だけどその決断が自分の価値観や直感に基づいたものであり、前を向いて進んで行ける限り、それが「自分」を形作る一つ一つの足跡となっていくはずだ。

Wednesday, July 30, 2003

That Old Ace in the Hole 

“That Old Ace”の発表があった。最小限の時間しかかけられなかったのであるが、Jungranと二人で作り上げた作品のお披露目である。ちょっとずつ小ネタ混ぜながら笑いを取ろうと思ったのだが反応は今ひとつ。どうやら大勢の前で狙って受けを取れるような才能は僕にはないらしい(笑)。その手のエキスパートはうちのクラスにも数人いるのだが彼らはそもそも存在自体が面白いので張り合うのも無理な話である。

途中からは聴衆であるクラスメートの自主的な参加によりなかなかの盛り上がりを見せる。結局予定時間を大幅にオーバーしてしまい、授業の進行を妨げてしまったのだが、授業後に数名から「とってもいい発表だったよ」「面白かったよ」と声をかけてもらい、かなり救われた。こういう何気ない一言は本当に大切だなあと痛感する。

昼は昼食をとりながら、また別のGroup AssignmentについてCasey, Nicolasと打合せする。ただこれもあまり意義の薄い内容なので分業で簡単に終わらせようということで合意。その後Christineが合流したのだが「午後のDeBeersのケースまだ読んでないよね」ということで机を囲んで各々黙々とReadingに励む。

妻不在の1週間は一人で慎ましく生きていこうと決心していたのだが、中華料理のデリバリーとタコスのテイクアウトにそろそろ限界が来ていたところにTuckのKa夫妻から夕飯にご招待いただいた。申し訳ないと思いつつも、即答でお伺いする。我ながら情けない。一つだけ「新食感」のメニューがあったけど(笑)とってもおいしかった。しかも二人の掛け合いは端から見ていて滅茶苦茶面白い。Ka夫妻、楽しい一時をどうもありがとう!

Bon Voyage! 

午後は全員でMuseum of Scienceに出かける。これは単なる遠足みたいなもので、MBAコースでない学生たちとも出くわしたのだが「何で来てるの?ビジネスと関係ないじゃん」と突っ込まれる。僕も「なんでかねー」としか答えようがない。Amyは「ビジネスとの関連を見つけて何か書け」と言っていたが、さすがにちょっと無理があるんじゃないでしょうか…

プラネタリウムのような半球状のシアターでは”Top Speed”という映画を鑑賞する。「どうせろくなもんじゃないだろう」とみんなでぶつぶつ言いながら入っていったのだが、これがなかなかの迫力で面白い。ただSit Backして上を向くような態勢になるので、あまりの居心地の良さに熟睡モードに入る。隣のY氏から「寝息が聞こえましたよ」とご指摘をいただいた(笑)。周りの皆さん、ごめんなさい。

今日はMaikoのHarvard最終日だった。最後はあっけない別れとなったが、いつも明るく、華があり、しかも周囲に気を配ることができる彼女のことなので、これからも素晴らしい人生を切り開いていくことと思う。We wish you the best of luck out there!

別れと言えばMITの学生たち(ほぼ半数)も来週一杯でHarvardを後にする。出会いがあれば別れがあるのは当然の話だが、ちょっと感傷的になってしまう。彼らは2年間ボストンに滞在するので、今後も是非付き合いを続けていきたい。明日からは一日一日を大事に過ごそうと思う。(7月29日)

Monday, July 28, 2003

Collaborative Writing 

午前の授業で”Collaborative Writing”なる概念を扱った。何のことはない、複数の人間でブレインストーミングと分業を行いながら、一つのレポートを作り上げていくことである。与えられた課題が非常につまらなかったので見過ごすところだったが、僕にとっては今後何度も出くわすであろう最も困難な壁であり、最も重要なテーマであることに気がついた。

渡米前の3年半はResearcher/Market Analystとして、専ら調査とレポート作成を仕事としてきた僕であるが、一人で書き上げた方が効率が良く、クオリティも高いと過信していた時期は、なるべく自分一人で仕事を進めるようにしていた。その後、複数人が関わるプロジェクトに携わる中で、「自分が関わったからには下手なものは作りたくない」という完璧主義に近い価値観と、「ある程度任せるところは他の人に任せて、全体としてクオリティの高いものを作る」という自分にとっては新しい価値観の間で、葛藤とストレスが生じたことを覚えている。

今回いくつかのグループワークに関わる中で、その時と同じような感覚に捕らわれている自分に気がついた。MBAではこのようなCollaborative Writingという場面に無数に出くわすだろう。単に知識や知性の問題だけでなく、言語の壁や文化の違いを超えて一つのものを作っていく際に感じるストレスは並大抵ではないと思う。時間という制約が加わる中で、「完璧主義」と「妥協」の接点をどこに求めるのか。心がけ次第では将来の自分にとって最も大きな財産になり得るスキルかもしれない。

Sunday, July 27, 2003

Group Work 

早朝の5時半に起床、所用のため一旦帰国する妻を空港まで送りに行く。その後、1時間半ほど朝寝をして、宿題に取り掛かる。本プログラムの中で最も不人気の課題”That Old Ace in the Hole”という小説の発表の番がついに今週回ってきてしまった。50ページ程の割り当て分にざっと目を通し、昼の1時からパートナーのJungranと打合せ。お互い複数の宿題を抱えているので、きっかり2時間で骨格を作り上げる。詳細は各々一旦持ち帰り、また明日の昼に打合せすることに決めた。それが終わると今度はCase WritingのIntroductionを書き上げ、IrisとTakashiにe-mailで送る。こちらは明日の夕方打合せをすることになっている。

個人の宿題は成績が自分に跳ね返るだけなので、特に意義を見出せない課題にはあまり身が入らないのだが、グループワークとなるとやはり責任の重さが違う。グループとして高い評価を得ること、同僚から信頼を得ること。これに勝るモチベーションは今のところ見つからない。

Saturday, July 26, 2003

MA Driver’s License 

Road Testを受けるために早朝からタクシーで集合場所へ出向く。Brookline Driving School経由でTestの予約をしたのだが、事前情報通り、30数名の受験者とDriving Schoolの教官が二人、Testを監督する警察官が一人、ごく普通の閑静な住宅街の一角に集合する。この国で土曜日に警察官が普通に働くとはとても思えないので、恐らくDriving Schoolが何らかの便宜を図っていると容易に推測できる。受験者は全てDriving School経由で申し込んだ人たちである。

Testは二人一組で運転席と後部座席に受験者が乗り込み、助手席に警察官、後部座席にDriving Schoolの教官が乗り込む形で流れ作業的にどんどん進んでいく。僕は5組目くらいに妻と一緒に乗り込む。とりあえず警官に「日本から来たRioと言います。彼女は僕の妻です。彼女は英語があまり話せないので、万が一の場合は僕が通訳します」くらいの挨拶をしてTest開始。

まず僕は発進してから一度STOPサインで止まり右折、その後もう一度右折して、今度は右端に一旦停車、ギアをReverseに入れて少しバックしたところで終了。「え、もういいの?」というくらいあっと言う間の出来事だった。次に運転を妻と交代。妻は同じように二度ほど角を曲がった後、Three Point Turnという切り返しを要求されたのだが、この時に何を思ったか妻はハンドルを一杯に切った後、ギアをReverseに入れる前に後ろを向いてバックする態勢に入っているではないか。後ろを向く姿勢は基本通りでバッチリなのだが、当然のことながらそのままでは車は前進してしまう。ただこういう事態はある程度想定していたので、通訳のふりをして、「ギアがバックに入ってないよ」と伝えたのだが、教官と警官から「そういうアドバイスは駄目だ」と同時に突っ込まれてしまった(笑)。でも「今ギアって行っただろう。それくらい分かるよ」「Oops, I’m sorry.」くらいで事なきを得た。

元の場所に戻ったところで車から下り、警官から”PASS”とサインしてもらった仮免許を受け取りTest終了。後はRMV(Registry of Motor Vehicle)に後日お金を支払いに行けば2週間以内に免許証が送られてくる仕組みである。これでとりあえず米国滞在中の2年間、運転する権利は得られたことになる。また今後IDとしてパスポートを持ち歩く必要がなくなるのも隠れたメリットである。

夜は先日家に招いてもらったメキシコ人夫婦のJorge、Marissaへのお返しに、Ki氏宅でJapan Nightを開催する。以前からこの日のために一生懸命準備していたうちの妻が珍しく中心となり、奥様方で料理を開始。その後、Marissa, Jorge、チリ人のNicolas, Angellita夫妻が次々と巻き寿司に挑戦。みんなかなり楽しんでくれていた様子だったので、ほっと胸をなで下ろす。妻も英語でコミュニケーションがうまくとれないながらも、自分なりの役割を果せたので少し自信がついたのではないだろうか。

Get Together 

今晩はサマーが始まって以来初の3クラス合同Partyの開催日だ。元々仲の良い数名で軽く飲む予定だったのだが、ペルー人のIrisが来週一旦帰国して結婚式をあげるということを思い出し、急遽全員に声をかけての一大セレモニーに変更となった。開催を決めたのが昨日だったことと、金曜日の夜ということで、どれだけ参加してくれるか未知数であったが、最終的に20名以上が参加してくれた。

Irisは婚約者のGinoと一緒に参加してくれたのだが、来週の結婚式には300名を招く予定と言う。文化の違いだなーと驚いていたら、インドネシア人のImeldaのお姉さんは結婚式に1,700名を招くという。何でもRoyal Familyと結婚するということで、きっととんでもないお金持ちなのだろう。そう言えばドミニカから来ているJavierは今年、国から資金補助を受けてMBA留学する唯一の学生らしい。みんなに「末は大統領か」と冷やかされていたが、あながち嘘とも思えないところが怖い。

今日のお題目はIrisの結婚祝いともう一つ、来週の火曜で一足先にCambridgeを後にするMaikoのSurprise壮行会も兼ねていた。今日は結局空いた時間はこの準備で奔走し、授業にもあまり身が入らなかった(笑)。午後のレクチャーは夜に備えて睡眠を取りつつ(単に眠かっただけかも)、飲み会の段取りをあれこれ考えていたら終わってしまった。

自分が想定していた進行イメージから考えると成功度は70%くらいだったのだが、とにもかくにも失敗も含めてこういう経験ができていること自体が素晴らしいことだと思う。みんなの協力にも感謝である。Iris, Gino, Maikoも喜んでくれていたようなので、それが何より嬉しかった。(7月25日)

Small World 

今日から3連続飲み会へ突入である。今日のメンバーはMaikoと彼女の旦那様であるS氏、今秋からHBSへ通うK氏夫妻と僕と妻の6人。Maikoとはクラスが違うのだが、グループワークを通じてなぜか意気投合し、是非ご主人も一緒に飲もうという話になっていたのだが、彼女の大学の同期であるK氏がCambridgeに滞在しているということで急遽Maikoが彼を含む場をアレンジしてくれた。

実はK氏のお兄さんとは某B-Schoolを訪問した際にお会いしており、その学校から合格をいただいた後も熱心なお誘いの電話をしていただいた経緯がある。TUCKへの思い入れが強かった僕は最終的にお断りしてしまったのであるが、最後まで迷ったのはK氏のお兄さんの存在があったからと言っても過言ではない。こういう場面に遭遇する度に「世の中は狭い」と思う。

今秋からMaikoは西海岸で、Maikoのご主人とK氏はここボストンで勉強漬けの生活に突入する。それぞれ強い個性と信念を持っているので、自分も頑張らねばと純粋に思える刺激的な一晩だった。(7月24日)

Thursday, July 24, 2003

West Lebanon日帰りの旅 

今日は授業を休んでWest Lebanon(New Hampshire)へ妻と出かける。車で片道2時間強の日帰り旅行は結構辛い(帰りは80Mile平均で飛ばしたので、きっかり2時間で到着した)。第一目的は新しい住居の正式な契約を交わすことである。LandlordのGeoffと会うのはこれで三度目なので、強面で決して笑顔を見せない彼とも随分打ち解けてきた気がする。契約を交わした後は、先日提出したInspection Sheetに基づいて、ThermostatやDish Washerなど使い方が不明な点を親切に教えてもらう。先日電話で依頼した電話工事は既に終了しており、無事電話が使える状態になっている。少しずつここで生活が始まるということを実感できるようになってきた。あとは車とケーブルテレビ、ADSLが揃えば生活に支障はない。

その後、田舎専門の携帯電話会社であるUNICELのショップに立ち寄り、携帯電話を購入した。VerizonやSprintといったメジャーなキャリアのサービスは残念ながらHanoverエリアをカバーしていないので、必然的に選択肢は限られてくる。ただDartmouth大学の学生向けに”Dartmouth Community Calling Plans”という低料金プランが用意されており、「あまり携帯を使う必要がない」と言われるここHanoverでは恐らくこれで十分なのだろう。端末は「一番安いからお薦め」と言われたNOKIAの機種($10)があまりにも不細工かつ重いので、$40払ってMotorolaのものを購入する。

なかなか納期が決まらないCR-Vについて状況を聞くために、Gerrish Hondaにも立ち寄る。Steveの説明によると、「この時期は非常に需要がタイトで多くのクライアントが順番待ちをしている。君のもリストに入れてあるが、明日"完成"するということまでは分かっている。それが日本なのか英国なのかは分からないが、2~3週間でこちらに到着するはずだ。」とのことで、どうやら気長に待つしか方法はなさそうである。(7月23日)

Tuesday, July 22, 2003

Telefonica del Peru 

午後は今日もCase Discussionである。ここに来て急激にCaseが増えてきた。今日の講師はHBSのDr. McCormick、テーマはMarketing, R&D, Production, Accounting, Personnelなどの各部門長がそれぞれ自分の主張を譲らず、Managerとしてこれをどう収束させるかという、ありきたりと言えばありきたりな内容である。実際に生々しい現場を数多く見てきた身としては”It’s easier to say.”というのが率直な感想である。果たしてこのようなOrganizational Behavior的な授業からどれほどPracticalな示唆を受けられるのか、まだ半信半疑である。

Workshopの後はFinal ProjectのメンバーであるIris, Takashiとお茶を飲みながらOutlineについて議論する。今回の課題はかなりFlexibleで、いくつもの選択肢があったのだが、いずれ通信関連のCaseを自分で書くつもりでいたこともあり、”Case Study Writing”という一見大変そうなテーマを選んだ。ペルー人のIrisも通信キャリアに勤めていると聞いていたので、早速彼女に声をかけ、その後Caseに不可欠なFinanceのBackgroundを持つTakashiを二人でスカウトした。議論の結果、Irisの希望であるTelefonica del Peruを題材にすることに決める。当初は日本または米国について書こうと思っていたのだが、恐らく彼女がこちらにキャッチアップするよりも、僕たちがPeruのCaseに取り組む方が早いと判断した。Market Researchは僕の本職でもある。

お互いなかなか時間が取れない中でどのようなアウトプットが出せるのかまだ未知数であるが、Final Projectに相応しい内容、メンバーになったと思う。最終的に納得のいくものが作れるように少し知恵を絞ってみたい。

Monday, July 21, 2003

Case Study (Cambridge Technology Partners) 

午後は毎週恒例となったHBSのProf. SurujによるCase Discussionがあった。これまではCase自体を読みきらずに臨んでいたため、流れについていくのがやっとだったのだが、今日はある程度時間をかけて準備をしていたので、これでついていけなければどうにもならない。課題もIT Consulting CompanyであるCTP社がVenture Capitalに進出すべきか否かという極めて魅力的な内容である。

今日はAggressiveにガンガン突っ込んでいくことを課題にした。思いっきり恥をかいてもいいという気持ちでどんどん議論に絡んでいく。恐らくここまで積極的にやることはTUCKではない(できない)と思うくらいに。Prof. Surujはひどいインド訛りなので、まず言っていることを理解するのに高い集中力を要する。加えて先日のDr. Sparと比べると、学生の発言に対して冷たく”Why? Why?”と突っ込んでみたり、ずっと沈黙してみたり、ひどい時はさらっと流して次の話題に行ってしまったりする。エンターテイメント性はどうしても低くなる上に、「突っ込まれてボロボロになったらどうしよう」と緊張感もやや高まるのだが、今後こういう教授に何人か当ることを考えると、いちいちめげてはいられない。

Maikoに「今日は随分積極的だったね」と言われたように、明らかに飛ばしてみたのだが、絶対量が多かっただけに以前よりは効果的な発言がいくつかできたと思う。ただ打率としてはあまり高くなく、まとまらない発言も多かったはずだ。今後はいかに精度を上げつつ、発言の量を調整していくか、というアプローチを考えてみたい。ともかく良い準備ができていれば効果的な発言もできるという当たり前のことを実感できたのが収穫だった。

夕方はLamont Libraryで課題をいくつかこなしてから帰宅する。これからまた膨大なReading、Writing Assignmentと格闘である。

Lamont Library 

金、土と遊び過ぎたので、今日はたまった課題にLamont Libraryで取り組む。ここは日曜日もやっていて、しかも午後9時45分まで開いているので重宝する。金、土は閉まるのが早いのだが、月曜に向けた駆け込み需要が多いということだろう。午後2時頃に入館したのだが、むしろ平日よりも混みあっている。

夕方になって眠気を催してきたのと、やや館内が寒かったので、外の空気を吸おうと思い正面階段の隅っこに座ってテキストを読み始めると、程なく韓国人のHanaahに声をかけられる。彼女もこれから宿題を始めるところらしい。週末何をしたかなど他愛もない話で10分くらい盛り上がる。さてそろそろ真面目に読むかと思い座り込むと、今度は同じく韓国人のCasey、Joo-wanが隣に座ってくる。彼らは既に図書館で勉強していて、僕と同じように外に出てきたところらしい。Harvard Summerのカリキュラムの話、MIT、TUCKでのMBAに向けた準備の話、車の購入や生活セットアップの話、いろんな情報を交換する。気がついてみたら1時間半も話し込んでいた。まずい、課題が進まない…(笑)。

それにしても彼らとも随分仲が良くなった。こうやって休みの日に図書館で話し込む友達が多くできたというのは嬉しいことである。みんな同じ学校に進学できないのが少し残念だが、TUCKでも是非こういう素晴らしい友人関係を築いていきたいと願う。(7月20日)

Sunday, July 20, 2003

Salem Witch Museum 

妻のたっての希望により、ボストン郊外の街Salemを訪れる。ここは17世紀に「魔女狩り」があった街として有名で、現在でも様々な博物館や関連施設が軒を連ねており、小奇麗な街並みも手伝ってちょっとした観光名所になっている。その中から今回はWitch Museum, Witch Dungeon Museum, Wax Museum of Witchesを見て回ることにする。僕自身は8年振り2度目の訪問である。

Witch Museumでは魔女狩りの発端から終息に至るまでの経緯を360度の立体劇場(超ローテク)で再現。Dungeon Museumでは当時人々が投獄されていた地下牢の様子がおどろおどろしく再現されていた。真っ暗闇の地下室で、大人一人がやっと入れるような狭い監獄に、電気も下水も何もない状態で長い間閉じ込められていた人々の恐怖を思う。Wax Museumでは地下牢から開放された後も狂乱状態から回復できない少女の蝋人形等が展示されており、改めてこの”平和”を意味する街Salemで起った悲劇の重大さをリアルに実感した。

夜はTUCK05のI氏のお招きにより、おいしいBBQをご馳走になる。寝起きのMakoちゃん(1歳半)は暫くご機嫌斜めだったが、途中から急速に盛り返し、二人で大笑い合戦をしてかなり意気投合した(はず)。I氏と奥様とは、残り少ないボストン生活のこと、1ヶ月を切ったHanoverへの引越しの話、TUCKでの新しい生活についていろいろと語り合う。(7月19日)

Boston Red Sox 

夜は同じクラスのTatsuoの呼びかけにより、総勢9名でRed Soxの試合観戦に行くことにする。ウェブで調べる限りでは金曜の夜ということもあり、ほとんどチケットは残っていない。ダフ屋から調達するしか方法はなさそうだ。当然のようにグローブを持って、意気揚々とスタジアムへ出かける。

結局Tatsuoの粘り強い交渉の末、定価18ドルのチケットが、当初の言い値の30ドルから20ドルまで下がったので、購入を決断する。しかし入場してみると、何とライトスタンドの最上階、しかもその一番後ろの壁際という劣悪な座席であった。国立競技場の最上階の立見席を更に見にくくしたような感じである。飛び交うボールを追うのにものすごい集中力を要するほどの距離だったのだが、衝動買いしたGarciaparra(Red Sox一番の人気者)のT-shirtsを着て最上階から試合の行方を見守る

いつの間にか消えていたTatsuoが終盤になってちゃっかりライトスタンドの最前列を確保していることを発見。みんなで喜び勇んで階段を下りていく。Red Soxの負けが濃厚になった段階で帰路につき始めた観客の席が空きだしたのである。結局外野手の目線よりも低い位置からメジャーの試合を観戦するという、これまたありえない経験をし、十分20ドルに値する一晩であった(右の足が僕、左の足がTatsuo)。

しかしRed SoxはAL東地区2位とは思えないほど覇気がなく、これと言った見せ場もないままBlue Jaysに完敗。今年もYankeesの地区優勝はほぼ間違いないところだろう。(7月18日)

Saturday, July 19, 2003

Case Study (Chiquita Banana) 

午後はEmerson HallでHBSのDr. SparによるCase Study形式のレクチャーが行われた。200名を相手にするCase Studyなど機能する訳がないと懐疑的な見方で参加したものの、結果的にその内容は僕たちの期待を大きく上回るものであった。

まだ40歳そこそこの彼女のダイナミックな進行、身のこなし、臨機応変な切り返しには本当に感心させられた。まるで映画でも見ているかのようにどんどん惹きこまれていく。まさに上質のエンターテイメントという感じである。前方に陣取るように指示された我がEnglish for the MBAのメンバーを中心に、自発的な発言による活発な議論が自然に展開される。

特に感心したのは、これだけ大勢の人数の中から瞬時にこのレクチャーで「使える」人物を見つけ出し、要所要所で彼(彼女)を使っていく頭の回転の速さ、主な発言内容と発言者を全てインプットし、関連トピックを話すときには必ず、「そこの彼が言ったように…」と引用する記憶力の良さである。

こういう授業が増えてくれば自然と僕たちの意欲も高まってくるので、「次回はもっと準備しておこう」という気になってくる。ちなみに単にケースを「読む」だけではこの早い議論の展開について行くことは難しい。一々該当箇所を参照している時間がないのである。ケースを一読した上で、自分の立場、主張したい内容やその根拠をメモとして準備しておく必要がありそうだ。(7月18日)

Wednesday, July 16, 2003

紛糾 

午前のクラス終了間際になってちょっとした紛糾があった。Amyが「今日の宿題はこれと、これと、これと…」と言い出した途端、普段は温厚なTatsuoが突然切れたのである。「Amy、俺たちは君が今言ったものの他に三つも期限が迫った宿題を抱えている。そんなに一度に言われてもできないものはできない。しかもその宿題の意義が見出せない」というもっともな主張である。事ある毎に”To Create Better Class”の提言をしてきた僕としては彼をサポートするのが自然の流れである。「結局どうすればいいと言うの?」というAmyに対する僕の進言は以下の三つである。

・このクラスは”English for the MBA”なので、もっとビジネスにフォーカスしてほしい(小説やAmerican Values等の一般論に時間を割きすぎている)
・2時間という短い午前の授業の中で、毎日4つも5つも異なるトピックを扱うのは混乱を招くだけなので、もう少し絞り込んでじっくり考える時間がほしい
・大量のAssignmentの一部をOptionにしてほしい(自分たちは子供ではないので、自分に欠けているもの、果すべきノルマは分かっている)

以下、授業の後に更に続いた会話の一部。
「Tryしてみるけど難しいかも…(もごもご)」
「予め用意されたテキストを終了させなければいけないというような義務が君に対してあるのか?」
「それはその通り」
「だとすれば僕から現状を直接話すから適当な人間が教えてほしい。Directorでいいのか?」
「ちょっと待って。それは私から説明してみるからもう少し時間をくれない?」
「それは全然構わない。でもこのままだと僕たちにとってプラスにならないだけでなく、長期的にHarvard Summerにとってネガティブに働くと思う」
「正直な進言ありがとう。あなたたちは将来ビジネスリーダーになる人間だから、おかしいと思うことに対して変革を促そうという態度はとても正しいと思う。私も頑張ってみる」
「どうもありがとう。一つだけ言っておきたいことは、僕たちは決して君に非があるとは思っていない。君は素晴らしい先生だとみんな口を揃えて言っている。問題はこのプログラムの構造にある」

ほぼ半分が過ぎたHarvard Summer。ほとんど進歩を実感できないことに対する焦りと、約1ヶ月後に迫ったMBA秋学期に対する危機感がこのような議論を生じさせたと思う。1ヶ月後に厳しい立場に追い込まれるのは自分自身であるということをみんな良く分かっているのである。

夕食はBoston UniversityのLaw Schoolに通うためにボストンに到着した同じ会社のFさんとご一緒する。つい先月まで一緒に仕事をしていたFさんとボストンで会うというのも何だか不思議な感じがする。Fさんのサマーは既に"Law"にフォーカスされているということで、かなり実践的なようである。

JFK Library 

午後のWorkshopでJFK Libraryを訪問した。ここは8年前にボストンを訪れた際に立ち寄ったことがあり、英語がよく分からないながらも、JFKのカリスマと劇的な生涯に感銘を受けた記憶がある。

今日の目的は、予め与えられた課題に対してグループ毎に独自のアプローチを取り、それを補足する根拠を調べ、レポートにまとめるというものである。今回は台湾人のCarrieがパートナーになった。彼女は経験豊富なLawyerで、サマーの後はHarvard大学のLaw Schoolに進学予定である。本人は「Lawyerから連想するイメージって”Strong”とか”Aggressive”とかそんなんでしょ?確かに仕事上はそういう面もあるけど、プライベートでは全く違う自分がいるから」と、”Lawyer”という目で見られることを嫌っている様子である。確かにWorkshopでは「気の強い女性」の部類に入る彼女であるが、ゆっくり話してみるととても親切で、繊細な面も持ち合わせている感じであった。お互いあまり時間がないので、深夜にメールでDraftの交換をする。

今日はMLB ALL STAR GAMEが開催されていたが、疲れてつい眠り込んでしまい、松井のヒットもイチローのファインプレーも見逃してしまった。かなり前から楽しみにしていただけにちょっと残念である。でも防御率0点台の長谷川が晴れ舞台で打たれたのはちょっとかわいそうだなあ。(7月15日)

Tuesday, July 15, 2003

Lucky Day 

今日の昼休みは一気に仕事が片付いた。一つは筆記試験に受かってから一向に電話がつながらなかったRoad Test(運転試験)の予約。いつも、「オペレータは他の電話に対応中です。暫くお待ち下さい」というメッセージを延々と聞かされて、途中で根負けしてしまうのだが、今日ばかりはオープンカフェの一角にパンを片手に早々と陣取っていたので気合いが違う。待つこと10分以上、漸くオペレータにつながった。しかも7月23日という予想外に早い日程で、更にCambridgeの試験会場(ほぼ地元)で受けられることになった。更に信じられないことに、ちょうど空いていた14時と15時の枠に僕と妻が連続で入れたのである。粘った甲斐があるってもんです。

それからWest Lebanon(NH)の新居に電話を引く予約にも成功した。こちらもなかなかつながらないオペレータに電話をかけたのだが、今日は5分程度でつながっただろうか。電話回線に付随する細々とした質問を矢継ぎ早にされ、時折聞き直すはめになったが、彼女との相性も良かったのか、最後まで苛々せずに親切に対応してくれた。仕事柄、相当マニアックと思われる質問に即答できる場合も多く、こちらに来て初めてAdvantageを感じる瞬間だった(笑)。更に昨日諦めていたADSLが実際は利用可能であるという嬉しい通知があった。念のため聞いてみて良かった。彼女曰く、ウェブの表示と実態は異なることも多いそうだ。とは言え実際につながるまではまだまだ安心できない。

ウェブで車の見積り依頼をしていたディーラーからも続々電話やE-mailが入ってくる。この迅速な対応には感心させられた。暫くじっくり比較検討した上で最終的に決断しようと思う。(7月14日)

Monday, July 14, 2003

Setup 

帰り際に新居へ再度立ち寄って、Inspection Sheetを片手に家の中をチェックして回る。壁や床に汚れはないか、コンセントは全て機能しているか、キッチンやトイレに問題はないか。内容はかなり事細かなものだが、しっかりチェックしておかないと僕たちが住居を出る際のInspectionで僕たちの瑕疵として修理代を請求されてしまうので慎重さが求められる。ここは契約社会アメリカなのである。ひと通りチェックを終え、いくつかの問題点と不明点をリストアップ、後日LandlordであるGeoffに郵送することにする。

昨日はGerrish Hondaでほぼ購入を決定と書いたものの、帰宅後、念のため複数のオンラインディーラーに見積り依頼を送る。今後の値下げ交渉の根拠となりうるだけでなく、あまりにも価格差がある場合にはオンラインディーラーから購入するという選択肢も残しておきたい。

さて他にも生活セットアップの課題は山ほどある。今日はHanover, West Lebanonエリア(NH)をカバーしている携帯電話会社(US Cellular, UNICEL)や電話、ADSL(Verizon)、ケーブルテレビ(Adelphia)、IP電話(Vonage, Packet 8)のウェブサイトをチェックする。特に申し込み後、平日の立会いが必要なものは早めに予約を取って置く必要がある。しかし一つショッキングな事実が判明。West Lebanon地区はVerizonのADSLエリア外であるだけでなく、Adelphiaのケーブルインターネットでもエリア外と表示されてしまった。これでは「高速アクセスでIP電話」どころか、ダイヤルアップ生活に後戻りである。何とかならないものだろうか。一応各社の連絡先を控えたので、明日以降の平日に問合せをしてみよう。

その後、明日が期限の宿題を一気に片付ける。Harvardのdemandingなプログラム(基本的に月から金まで休みは認められない)とセットアップの両立は意外に大変である。(7月13日)

Saturday, July 12, 2003

CR-V 

車のディーラーに話を聞くためにAVISのレンタカーでニューハンプシャー州(NH)へ向かう。我が家の意向である日本車、新車、SUVという要素を満たす最も手頃な車はやはりHONDAのCR-Vである。

TUCK在校生からの評判も上々のSteve(1995年からGerrish Hondaという代理店で働いているセールスマン)に相談、交渉の結果、先方からの連絡待ち(納期、最終的な価格等)ではあるが、我が家としてはここで購入することをほぼ決心した。車をNH(家の近所)で買うことの主なメリットは、

・NHでは消費税がかからない(その分安い)
・何かあったときの相談がし易く、アフターサービスも気軽に受けられる
・洗車無料サービスやNHでの登録(保険含む)サポートも充実している

などがあげられる。また新車(SUV)を購入する意味は、

・厳冬の地Hanoverの冬を無事乗り切れる車でなければならないこと

の一点に尽きる。2、3年落ちでいい状態の中古車を買う選択肢もあれば、思いっきり安い中古車を買って乗り捨てることも可能であるが、我が家は万が一故障したときの修理代の高さや手間を回避する選択をした(当然新車であろうとなかろうと事故や故障を完全に回避できる保証はないのだが)。また2年後に売却する際にも高いResale Valueを維持できるようなので、当座のキャッシュフローさえ回せれば悪くない選択だと思っている。

その後、8月から住むことになるWest LebanonのCondoに再度立ち寄ってみる。掃除も行き届いているので、今にでも住める状態になっている。窓から見える一面の白樺並木、それほど広くはないが清潔で快適な部屋。学校からはちょっと距離があるのだが、改めていい家と出会えたことに感謝する。特に今日は気候もちょうど良く、まさに清里や軽井沢といった風情である。冬には全く違った顔を見せてくれるであろうこの地での生活が今から楽しみである。

Mexican Party 

クラスメートのJorgeと奥様のMarissaが「Mexico料理を食べさせてやるから遊びに来い」とKi夫妻と僕と妻を招待してくれたので、お言葉に甘えてお邪魔することにする。MIT進学予定のJorgeはKendall駅から徒歩2分のアパートに住んでいる。

Ki夫人とうちの妻、Marissaは昼過ぎから落ち合って食材の買出しに行った。Jorgeはちょっと用事があるというので、僕とKi氏は午後のクラスが終わった後、一足先にKendallへ向かう。奥様一同から要望のあった”Dos Equis”というMexicoビールを1ダース持参する。ちょっと遅れて合流したJorgeは更に大量のビールとワインを買って帰ってきた。6人しかいないというのに、どれだけ飲むつもりなんだろう。

Marissaは一生懸命自分たちが結婚したときの写真を見せて「これが私の兄弟だ。これは親戚だ。これはJorgeの両親だ」と説明してくれたり、自分がJorgeに猛アピールした際のプロモーション写真集まで見せてくれた(笑)。出会ってから3週間で電撃結婚したという二人であるが、南米人らしく、とても陽気でオープンである。ちょっと酒が入ると目の前でベタベタし始めるので、僕たち日本人から見るとちょっと恥かしい。でも向こうから見ると、「なんで日本人は夫婦なのに他人行儀に大人しく座っているんだろう」と見えているのかもしれない。この辺りの文化の違いは面白い。順序が逆になったが、Mexico料理は本当においしかった。アメリカにいるうちにMarissaが強く進めるメキシコ旅行を是非敢行したいものである。

同じアパートにNicolasが住んでいるのだが、彼も南米パーティを開いているというので途中一瞬だけお邪魔する。こちらは10名以上の南米人が集まってかなり賑わっていた。先日僕が怪我をしたサッカーの試合でチームメートだったRicardoがいたりして一瞬盛り上がったが、スペイン語での宴を邪魔するのもはばかられたので、Nicolasの生後2ヶ月の赤ちゃんに挨拶をして、その場を後にする。JorgeとMarissaに教わったスペイン語のDirty Wordsはその場の平和な雰囲気に押されてついぞ発することができなかった(笑)。

Jorgeの部屋に戻るとMarissaが「Rio、どうだった?Nicolasの反応は?」というので、「ごめん、ビビって言えなかった」と言うと、「えー、何やってんのよー、じゃあ電話してあげるから電話で言いなさい」とあくまでも僕に「それ」を言わせたいらしい。仕方ないので、とても平和そうなNicolasを電話で再度呼び出し、「あー、Nicolas?えー、ちょっとこれだけ言い忘れたんだけどー、xxx xxx xxx」と思い切って言ってみる。Nicolasは”What?”とかなりびっくりしていたので成功と言えば成功なのだが、生真面目なNicolasのことなのでちょっと冗談として通じているか心配。月曜日に謝っておこう。(7月11日)

Thursday, July 10, 2003

30th Birthday 

午前のクラスではNicolas, Takashi, Jung-ranと準備をしてきたPanel Discussionの実演を行った。Moderatorとして議論をコーディネートする役目を担ったが、実際は発言の順序まで詳細に話し合っていたので、シナリオ通りそれなりにうまくできたと思う。何よりも限られた時間の中で、この4人でいろいろと建設的な議論をし、一つのAssignmentをやり遂げたことに大きな満足感を覚えた。

午後のWorkshopではHarvard大学のSuruj教授がゲストとして招かれ、HPのケーススタディを基にディスカッションが行われた。やはりビジネスがテーマとなると、我々のやる気も俄然違ってくるし、これまで以上に白熱した議論が展開される。Suruj教授は曖昧な発言に対してどんどん深く突っ込んでくるので、クラス全体にもいつにない緊張感がみなぎる。僕も自分の思うところを積極的に発言したのだが、自分の言いたかったことが十分伝え切れず、若干消化不良のまま授業が終了してしまった。人数が多いとなかなか発言の機会も回ってこないので、たまに巡って来る機会に、いかに自分の意見を簡潔に、的確に伝えられるかが勝負となる。そのためには、全体の議論の進行内容を把握しつつ、一歩先を読んで論理を構築する能力が必要になると感じた。実際のMBAでは60人が1クラスとして割り当てられるので(しかも7割以上がネイティブ)、更に消化不良になることが容易に予想される。今日はその雰囲気を少しだけ肌で感じることができたことが収穫であった。

授業の最後にはAmyのいきな計らいで、Happy Birthday Songを全員で歌ってもらった。授業の後も「誕生日おめでとう」「ようこそ30代の世界へ」「Rio、足は大丈夫か」と次々に声をかけてもらい、たったの3週間でこれだけ仲良くなれた仲間たちが本当に頼もしく思えてくる。

授業の後は、昨日会えなかったGabriel、Maikoと「環境」をテーマとしたビデオ撮影の宿題を進める。カメラの前で「演じる」ということ自体ほぼ初めての経験であるが、それが英語となるとまた大変である。Maikoはさすがに慣れたもので、自分のことで精一杯の僕とGabrielに適切なアドバイスを与えながら、自らはあっと言う間に台詞を覚え(というよりもアドリブを駆使しながら)、僕が何度NGを出しても寸分違わぬ完璧な演技を見せてくれた。これには僕も心底敬服した。

夜は妻が予約してくれた(快挙!)ダウンタウンのUnion Oyster Houseで、クラムチャウダー、オイスター、ロブスターをたらふく食べる。Union Oyster Houseは1826年に創立されたボストン最古のレストランである。全ての食事がかなり美味なのだが、それなりに値も張るので、お祝い事や来客時など、ボストンまで足を伸ばした際に使うお店になりそうだ。

できれば来ないで欲しいと思っていた僕の30回目の誕生日は、そんな盛り沢山の、思い出に残る一日となった。みんなに感謝!

アメリカの洗礼 

20代最後の日となった今日(7月9日)、空から”Welcome to America”とでも聞こえてきそうなアメリカの洗礼にあった。

先週サッカーの試合で打撲した左足ふくらはぎの痛みが一向に良くならず、関係ない周辺部にまで痣が広がるなど悪化の兆しを見せ始めたので、午前のクラスを休んで病院へ行くことにした。保険会社に紹介してもらったBoston Medical Centerにまずは予約を入れようと、朝一番で「予約受付」という番号に電話をかけた。「あのー、左足を打撲したので、外科で診断していただきたいのですが」と切り出すや否や取り付く島もなく”Hold on second”と他の部署へ転送される。「あのー」”Hold on second”「あのー」”Hold on second”を繰り返すこと実に五回、六箇所目の人に止む無く憤りをぶつけるはめになる。「本題に入る前にまず約束して。絶対にこの電話を誰にも転送しないで。あなたで僕が話すのは6人目なんだけど、誰が何の責任者なのか全く分からないままたらい回しにされている。僕は左足を怪我していて外科の診断を受けたいだけなんだ」と強い口調で主張する。その人自身は悪い人ではなさそうだったのだが「この番号では外科の受付はできないんです。予約受付にかけてもらえますか」「…」と、再度最初の番号にかけるはめに。

改めて気合いを入れ直し予約番号に電話をかける。先ほどと同じように「電話の転送はしないでくれ」と言ったところ、今度はまともに対応してくれ、「Walk in(予約なし)で診療可能なので、○○というオフィスに来てくれ」とのこと。何だやればできるじゃないかと思ったのだが、これはまだ本の序の口に過ぎなかった。

まず指定されたオフィスにタクシーで向かい、受付で物すごく太った黒人のお姉さんに電話の内容を伝えたところ、「えーっと、一番早くて診療できるのは数週間後になるわね」「は?」 微妙な沈黙の後、「いやここでWalk in診療が可能だって聞いたんだけど、Walk inって診療まで数週間もかかるの?それじゃWalk inの意味ないじゃん」と言うと、「ここはWalk inじゃないわよ。このビルに行ってちょうだい」と示された地図の遠いこと…施設の一番端から一番端まで歩く羽目になる。「今日は何か大きな波乱が起きそうな気がする」とこのとき直感的に察知した。

指定されたビルに行くと、今度は丁寧に待合室に通され、思ったより早く名前も呼ばれたので、「良かった。やっと診療が受けられる」とほっとしたのも束の間、そこは単なる登録所で、「もうこのコンピューターはほんと使えないんだから。どうなってんのよ」と苛々しながらキーボードを連打するお姉さんに個室で散々質問攻めにあった(所用時間約30分)。

次に漸く診察の待合室らしき場所に通され、名前を呼ばれたので部屋へ入る。どうやら診察が受けられそうだ。白人の医者らしき女性に症状を説明し、患部を見せる。「これは痛い?これはどう?」「痛い、それ痛い」というやり取りがあった後、「じゃあX線検査をするからちょっと待ってて」と去っていく先生。

待たされること30分、X線検査を受ける(検査自体は2分)。「もとにいたところに戻って待って下さい」と言われたので元の部屋に戻り、また待たされること30分。「X線はOKだったわ。あとは超音波検査もしましょう。ちょっと待ってて。」「え、まだ待つの?」

今度は待たされること1時間30分。朝一で病院へ向かったのに既に2時を過ぎている。お腹がすいて仕方がないので、コンビニらしきところでパンを買い、診療室でおかまいなしに昼食を取る。食べ終わっても一向に誰もやって来ない。結局待つこと2時間。「あー、また戦わなきゃいけないのかぁ、疲れるなー」と重い腰をあげる。医者らしき人たちが集まっている広間に行って、明らかに怒っているということを第一声で示す。”Hey, what’s going on here? I have been kept waiting for two hours just to take ultra sound examination. Is that usual here at renowned Boston Medical Center?” 一同の視線が僕に集中し、戦闘開始である。

「ごめんなさい。でもこれが普通なの。どこの病院に行っても同じだと思うわよ。」「普通だって?今君は普通だって言ったのか?信じられないよ。僕は日本でこんなひどい目に合ったことは一度だってない。この病院はどうなってるんだ。もう僕は時間がないから帰る。お金は払わないからね。」「帰るならそれはあなたの自由よ。だけどさっきも言ったけどまた同じようなことになるわ。超音波検査の機械は一台しかないの。時間がないならまた後日ここに来てもらっても良いけど」「いやもう二度と来ないよ、こんな病院。最後に君の名前と連絡先を教えてくれ。保険会社と話をするから」「分かったわ。えーっと、私は臨時職員だから名刺は持ってないの。じゃあここに連絡先を書こうかしらねぇ…」

という辺りになって実にタイミング良く、後ろにいたおばさんから、「あなたの番が来たみたいよ。どうする?受けていく?」と声がかかる。実は僕も今日中に終わらせてしまいたかったこともあり、「あそう?じゃあ受けるよ」ということにする。

超音波検査の待合室でまた待ち時間が始まる。しかもいろいろ僕の情報を確認した張本人がカバンを持って呑気に帰ろうとしている。これは危ないと思い、「おいおい、ちょっと待ってよ。僕の番はいつ来るの?このためにもう2時間以上待ってるんだけど」と言ったところ、「そうねー、20分くらいかしらねー」とさっきの修羅場を全く知らないこのおばさんは脳天気なことを言い出す…そろそろ怒る気力もなくなってきたので、今度は冷静に、「いや実はこういう経緯で、しかも僕は学校の予定があるからもう帰らなきゃいけないんだよ。20分待って、更に診察結果を待つ時間はもうないんだけどどうすればいい?」漸くちょっと親身に話を聞いてくれたものの、どうやら拉致があかないので帰る決断をし、保険会社に電話をかけ、今後の対応について相談する。と、その途中にまたタイミング良く僕の番となり、結局超音波検査を受けることにする。

その後、また元の部屋に戻り、さっき戦った「臨時先生」から説明を受ける。今度は非常に手際が良い。「X線はNegativeだったから骨に異常はないわ。超音波検査も問題ないようだから、筋肉に血塊(Blood Clot)がたまっているということもないわね。その痛みは恐らく筋肉と筋肉の間の血管に血塊が残っているからだと思う。数週間たてば自然に良くなると思うけど、もし熱が出たり、更に症状が悪化したらまた来てちょうだい。痛み止めの薬も処方しておくわ」ということであった。最後に、「さっきは本当にごめんなさいね。あなたの言うことはもっともで、私たちも常に同じことを思っているの。構造的な問題だから一朝一夕には解決できないのが私も歯がゆいところだけど、とにかく不手際があったことを謝るわ」「いえいえ、こちらこそすみませんでした」となぜか最後はフレンドリーに話はまとまり、漸く帰路につく。

しかしこのお陰でグループワークの準備で15時から集まるはずだったGabrielとMaikoとの約束をすっぽかすことになってしまった。16時過ぎに集合場所近辺について、1時間半ほど歩き回って探したが、結局見つからずじまい。謝りと明日の段取りについてメールしているのだが、未だに連絡がつかない。踏んだり蹴ったりの一日が暮れていった。いよいよ「アメリカ生活」の始まりである。

Monday, July 07, 2003

Learner’s Permit 

いわゆる車の「仮免許」のことである。昨日の夜、突然思い立って「明日筆記試験受けに行くよ」と妻に伝えたのだが、今既に僕も妻もLearner’s Permitを手にしている。これもまたアメリカなのである。

ボストンなどの大都市では日本語で免許の筆記試験が受けられるので、うちの妻のように英語が苦手な人にとってはありがたいサービスである。しかもDr. Kazuなる人のホームページが大変充実しているので、過去問を数回読み返すだけでほぼ問題なく合格できるという話であった。ただサマーの授業が月曜日から金曜日まであるので、平日は基本的に15時以降しか私用に使えない。更に今週は複数のグループワークがあるため、月曜中に仮免を取っておかないとクラスメートにも迷惑がかかってしまう。ということで「どうしても今日中に取る」と決心した次第である。

まずは昼休みを利用して、Davis SquareにあるSocial Security Officeに向かい、「Denial Letter」をもらいに行く。通常車の免許を取る際にはSSNが必要となるが、SSNが取れないという証明書(Denial Letter)を持参すれば受験可能な仕組みとなっている。

窓口の対応は日本のお役所以上にひどいという噂は聞いていたが、行ってみると確かにひどい。しかも「さっきも言ったけどSSNはいらないからね。Denial Letterだけくれればいいから」「分かってるわよ、さっきも聞いたからっ!」というやり取りがあったのにも関わらず、今度は別の人が僕の名前を呼んで「SSNを発行するにはかくかくしかじかの書類が足りない」とか、「君の妻のSSNは本人がここにいないから発行できない。」などと言い始める。「だからさっきから言ってるんですけどー、SSNはいらないんです。ただDenial Letterが欲しいだけなんですよー」とこっちも段々頭に来始める。「あ、そう、じゃあいいわ」と言ったかと思うとあっという間に僕のDenial Letterが発行される。でも妻の書類はやはり発行できないと言うので、そういう規則なら仕方ないと内心諦めつつも、これまでの鬱憤がたまっていたので、わざと部屋中に聞こえるくらい大きな声で、「さっきあなたが言ってたのはSSNについての話じゃないの?単にDenial Letterを発行するだけなのに、しかも本人のサインがここにあるのに、本当に本当に本人がここに来る必要があるの?それって絶対間違いないんだよね?」とかましてみる。予想外の抵抗だったのか彼女もややたじろいでいたが、それでも「いや私の言うことが100%正しい」の一点張り。まあ僕としては言いたいことは言ってすっきりしたので、「仕方ないか」とすんなり一旦授業へ戻る。予想以上に時間がかかったので昼食はとり損ねてしまった。

授業が15時に終わると急いでHarvard Square駅へ向かい、今度は待ち合わせした妻と一緒に再びSocial Security Officeへ出向く。今度は受付の人が変わっていたが、もう勝手は分かっていたので、淡々と必要書類を提出し、ものの15分程度で妻のDenial Letterを入手する。二度手間かつ1時間程度のロスになってしまったが、まあこのくらいは良しとしよう。

次はいよいよ筆記試験である。ダウンタウンにあるRegistry of Motor Vehicle(RMV)へ筆記試験を受けに行く(Green LineのBoylston駅で下車)。ここでの僕のテーマは「絶対喧嘩しない。Keep Smiling」である。案の定、受付のお姉さんはぶつくさ文句を言いながら仕事をしている。「5時まであと10分♪5時まであと10分♪」とずーっと歌っているので、僕も一緒に歌いながら、「もうすぐ仕事も終わりだね」と話しかけ、とりあえずつかみはOK。一旦仲良くなるとやたらと親切にしてくれるのもこちらの人の不思議な特徴である。視覚テストで全く文字が見えず(恐らく設定がおかしかったはずだが)、焦っていると、何と彼女が順番に読み上げてくれるではないか。「あー、そうそう、そんな感じ」と適当に答えていたら視覚テストは合格した(らしい)。

ほっと一息ついていると、今度は「あー、もう5時になっちゃった。残念だけど日本語の試験は受けられないわ。英語なら受けられるけどどうする?」と言い出したので、まずいことになったと思いつつ、「えー、ちょっと頼むよー、お願いっ、お願いっ」と僕の知り得る限り最もレベルの低い交渉術を用いたところ、「ちょっと待って、とりあえず聞くだけ聞いてみるわ」ということになり、「大丈夫だって。何なのかしらねー、前は駄目だって言ってた癖に」とこの問題もぎりぎりクリアー。「次回からはちゃんと5時までに来てね」と言われたのだが、もう次回は来ません。なぜなら今日受かっちゃうから(笑)。試験が始まってみると、ウェブサイトの事前情報通り20題が出題され、二人ともあっと言う間に解答終了。おそらく二人とも満点だったからか、”Cheating?”と聞かれる始末。厳密に言うとカンニングなのかな。ともかく日本人の情報網は強力なのである。一方、隣にいた人の良さそうな黒人のお兄さんは、「ちぇっ、また落ちちまったぜ」と悔しそうに帰って行った。何だかちょっとかわいそうだった。

Sunday, July 06, 2003

2週間経過 

午後3時にCOOPの前でGabriel, Maikoと待ち合わせをして、近くの喫茶店でGroup Assignmentの打合せをする。Maikoはマスコミのバックグラウンドを持っているので発想もなかなかクリエイティブ。「面白いものを創る」ということにかけては一日の長がある。しかもGabrielもMaikoも「英語」という面では全くサマーに来る必要のないレベルにいるので、この二人とのグループワークは結構タフであることが判明した。僕はあまりいい準備をしていかなかったこともあり、いつもとは勝手が違う。お荷物にならないように気をつけなければ。

英語という面では、先週の木曜日に自分でも驚くほどすらすら話している自分を(一瞬)発見したばかりなのだが、今日はなかなか言いたい言葉が出てこない。ここまでの感覚で言うと、語学力は階段状に上がってくようだ。毎日英語を使っていると、週末前にちょっとしたブレークスルーがある。でも週末は妻や日本人の友達と日本語だけを話して過ごすため、また一段下がったところから翌週が始まってしまう。

今日でちょうど2週間が経過、サマーの概ね1/4が終わったことになる。プログラムの枠組みに振り回されるだけでなく、語学面でも内容面(学習内容)でも、自分なりに夏の過ごし方を考え直す時期に来ているのかもしれない。(7月6日)

Another TUCK Party 

来週からU.C. Berkeleyのサマーに通うTUCK05のS氏が、Hanoverで住居を決めた帰りにボストンに立ち寄ってくれたので、Ki氏宅で歓迎会を開催する。スペシャルゲストはChicago大学のMBAに進学するIr氏。彼は最後まで悩んだ挙句、TUCKではなくChicagoを選んだのであるが、なぜかTuckiesに普通に溶け込んでいる。下らない話が大好きな僕と妻としては、あれだけ下らない話ができる(失敬)Ir氏は非常に貴重な存在という認識で一致、Chicagoに行ってしまうのは本当に残念である。本人も少しTUCKに心残りがあるようだ。下らない話と言えば、Yo氏の「あだ名問題」が一番盛り上がった。笑いすぎて腹が痛くなった。

さて本題のS氏であるが、最終的に決めた家の住所が僕と同じWest Lebanonということで、TUCKでは一番のご近所さんになる。奥様の仕事の関係で単身乗り込んでくる彼だが、既に何度も会っているのでお互い気心も知れてきた。次に会えるのはお互いにサマーが終わってHanoverに乗り込む8月中旬である。Have a nice summer! (7月5日)

Friday, July 04, 2003

Happy 4th of July 

ボストンに来て良かった思える一日である。独立記念日と言えば全米の休日であり、各地で様々なイベントが開かれているはずだが、ここボストンの独立記念日はやはり「本物」である。

Old State House(旧州会議事堂)は1713年に建てられたボストン最古の建築物であるが、1776年に独立宣言が高らかに読み上げられたのも、この建物の2階バルコニーだったそうだ。ここで、当時の様子そのままに独立宣言が読み上げられるというので、Tuckies一同で朝から出かける。Downtown Crossing駅を下りた辺りから既に人だかりができている。途中、ちょうど行進する海兵隊、鼓笛隊などに出くわし、後をついてOld State Houseへ向かう。

2階バルコニーでは既にスピーチが始まっていた。屋根の上に鎮座するライオンとユニコーンは、イギリス植民地であったことの象徴である。オリジナルの像は1776年の独立宣言と同時に燃やされてしまったが、その後コピーとして復元されたものだそうである。スピーチ自体は何を言っているのかあまり聞き取れなかったが、独立宣言が淡々と読み上げられているようである。Hollywoodだったらきっともっとドラマチックな演劇仕立てになるだろうと思いつつ、この淡々としたところもいかにもボストンっぽい。その後、”God Bless America”の独唱があり、若干盛り上がりを見せる。

それが終わると、待機していた海兵隊や鼓笛隊たちが集合し、観衆たちは「もっと下がってー、はいもっともっとー」と警察にどんどん押し返される。一番でかくて怖そうな顔をした兵隊さんに「あのー、写真とってもいいですか?」と聞いてみると、「もちろん」と言いつつ笑顔は一切なし。これも演出の一つだろうが、実際貫禄がある。

ひと通りイベントが終わると、今度はConstitution号を見るために埠頭に向かう。Constitution号は米国の海軍創設とともに建造され、独立までの幾多の戦いに貢献したという伝説を残している。年に1回だけ船の向きを変えるため(潮の浸食を防ぐため)に出港するが、それが7月4日なのである。

ところで米国では日本の「あけましておめでとう」と同じように”Happy 4th of July”という言葉が交わされている。テレビのコメンテーターやCM、演説の最後などにも必ずこの言葉が出てくる。それだけ7月4日とは米国にとって重みのある一日なのである。今日は写真が満載になった。

Thursday, July 03, 2003

Mr. Crazyのお手柄 

来週末が締切りのグループワークの一環として、3クラス合同(約30名)でThe Fogg Art MuseumというHarvard大学が所有する絵画館を訪問した。絵画館のガイドの方が約1時間のツアーを敢行してくれたのであるが、冷房が効いていないのでみんな集中力が途切れがち。僕は元来あまり(というかほとんど)絵画に関心がなく、当然知識も持ち合わせていなかったのだが、それぞれの絵の時代背景や、対象物が暗示するものを詳細に聞いてみると、「結構面白いじゃん」と思えてくる。

このGroup Assignmentは、絵画や広告などのアート作品に対して独自の解釈を加え、それらを使って自らの会社やサービス(実在または架空)を宣伝するというやや抽象的なものである。最終的には発表をビデオ撮影して、コンテスト形式で優秀作品を選出する。

このAssignmentのパートナーは、僕が”Mr. Crazy”と呼んでいるGabriel(香港人)であったが、今日になってGabrielが「僕らのチームに入ることになった」と唐突にMaikoという日本人を連れて来た。彼女は実はちょっとした有名人なので、今回ばかりはMr. Crazyに感謝である。後からGabrielが“You owe me a lot.”としつこく言ってくるので、”So, I paid for your coffee at lunch.”と切り返すと、”Oh, your hope is just one dollar?”と天を仰いでいた(笑)。適当にやろうと思っていたAssignmentだが、気合いを入れざるを得なくなった。

Wednesday, July 02, 2003

Drinking Party 

夜は初めてのクラス飲み会を開催してみた。少人数のクラスなので、授業ではお互い随分打ち解けてきたのであるが、授業が終わると三々五々すぐに散らばってしまうので、もう少しゆっくり話す機会がもてればと思っていた。大学時代に高田馬場で培ったスキルを生かし、日本ではこれまで数多の幹事役をこなしてきたが、海外での飲み会幹事となると生涯で初めての経験である。

我がAmyクラスは全13名、うち日本人が6名(Takashi, Kotaro, Shintaro, Masa, Tatsuo, Rio)、韓国人が2名(Casey, Chung-ran)、後は中国(Yifan)、スペイン(Juan)、チリ(Nicolas)、メキシコ(Jorge)、ベネズエラ(Christine)という顔ぶれである。遅れて参加する予定だったChristineは結局Privateな用事で間に合わなかったのだが、残りの12名は全員参加、しかもJorge, Yifan, Ki氏(プラス我が家)がパートナーを連れて来てくれたので、最終的に16名が参加、盛況のうちに幕を閉じた(と思いたい)。Jorgeの奥様のMarissaはMexicoのことを色々と熱心に教えてくれたし、YifanのGirl FriendのYaoも快活で海外経験も豊富な才女であった。Ki氏の奥様は元々Ki氏より英語が堪能なので、普通にとけ込んでいた。頼もしい限りである。一方うちの奥様はと言うと、一人お地蔵様のように固まっていた(でも少し自分から話そうという前向きな姿勢が出てきたようである)。

ただいかんせん、お互いに拙い英語でのコミュニケーションとなるので、2時間強が体力的にも限界という感じである。人数も多かったので若干話題が散漫になるのも止むを得ない。ともかく、参加してくれたみんなが少しでも楽しんでくれていたらHappyである。

P.S. 今日33回目の誕生日を迎えた、Ki氏、Happy Birthday!!! 来年は彼の地Hanoverで更に盛大にやりましょう。

Lawrence Summers!? 

今日は午前の授業が早めに切りあがり、Harvard大学の学長の講演があるということで、先週の金曜日と同じ講堂へ集合する。他のプログラムに参加している学生も集まるので、聴衆は総勢300名といったところだろうか。事前に担任のAmyが「相手が偉大な人だからって特に臆することはないのよ。質問があったら是非立ち上がってマイクに向かってね」と言っていたのだが、僕は「たかが大学の学長でしょ」くらいの軽い気持ちで見に行った。

講演は40分くらいと非常に短く、話し方も先日のProf. Gomesよりゆっくり、かつクリアーだったので内容の大半は理解できた。しかも彼が非常に興味深いことを言ったので、そうなると「ちょっと質問でもしてみるか」という気になってくる。質疑応答の時間になると早速2人くらいが立ち上がってマイクに向かう。遅れるとあっと言う間に列ができてしまうので、僕も立ち上がって、二つ用意されたマイクの片方の2番目に並んだ。質問はこんな感じである。”I have worked seven years for a Japanese telecom company, and focused on technological advancement. So, it was interesting you mentioned that we can even predict our life expectancy in the future, ten years from now. What else can you see in the future in terms of technological advancement?”

一時期、未来学(例えば西暦3000年にはこんな世界が待っているというようなことを、ある程度の科学的根拠を基に予測する学問)に関する本を何冊か読んだことがあったのと、彼が通信技術の目覚しい進歩(僕がまさに関わってきた分野)について言及したので、つい反応してしまったのである。

この問いに対するSummers氏の答えは非常に分かりにくく、「将来のことと言うのはなかなか予測するのが難しいし、あまり安易に言及すべきでないと思っている。まあ君の分野で言うとワイヤレス技術が更に進化するということは間違いなく言えるだろう」くらいまでは分かったのだが、あとは何だかはぐらかされたのか、僕のリスニング能力の問題なのか、あまり理解できなかった。後で回りに聞いてみたら、「Rioの質問に対しては的を得ない回りくどい言い方でごまかしてたね」という人が何人かいたので、なんだやっぱりそうだったのかとちょっと安心する。

ただ問題はその後である。僕が「ただの学長」と思っていたSummers氏が、クリントン政権でルービン氏の後を継いで財務長官の座についた、「あの」Lawrence Summers氏だということが判明したのである。確かに、「俺が財務省で働いていた頃は…」というような話をしていたので、それなりのポジションにいた人だとは分かっていたのだが、まさか財務長官(Secretary of the treasury)だとは夢にも思わなかった。大変な人に質問してしまった訳である。

ビジネススクールに通うことの一つのメリットとして、普通に会社勤めをしていては決して会えない人の講演が聞けたり、直接会話する機会が持てることが挙げられる。例えば先日東京で開かれたTUCK School主催のパネルディスカッションでは、Jフォン社長であるダリル・グリーン氏(同じくTUCK School卒)と、ほんの一瞬ではあるが会話を交わすことができた。こういう機会はこれから増えるだろうと漠然と思ってはいたが、ここHarvardのSummer Schoolでいきなりこれほどの大物に出くわすとは驚きである。でも予め知っていたらStage Frightで質問できなかったと思う(笑)。

Tuesday, July 01, 2003

Soccer! 

夜の7時からは、以前Activities Officeに登録していたサッカークラブの試合があるということで、半袖、半ズボンに着替え、一人でぶらぶらとRugby Fieldまで出かけていった。目的は当然サッカーがしたかったというのが第一だが、誰も知っている人がいない環境(特にアメリカ人が多い環境)に入っていく練習にもなると思っていた。結論から言うと、自分から話しかければすぐに顔見知りになれるし、話しかけなければ誰も気にもかけてくれないという感じだろうか。それでも仲良くなれない人はどうしようもないので、別に気にする必要もない。ほとんどはundergraduateの20歳前後の学生たちで、実際は留学生もかなりの割合を占めていたようだ。

試合に入っての第一印象は、「みんな驚くほど下手くそ」ということである。我がTeam Eliotで一番うまかったのは20歳の韓国人"DJ"。次にうまかったのはリバウドにそっくりで、リバウドのユニフォームを着たBrad(でもブラジル人ではないらしい)。僕はその次くらいだったと思う。Harvard大学の2年生で、卒業したらMedical Schoolに行くという白人のぼんぼんChrisは、「俺はディフェンスなんて絶対やらないんだ。ディフェンスをやるくらいなら出ない方がましだ」とかいっちょまえのことを言う割に全然うまくない。セリエAの下位チームっぽいと言えば分かりやすいだろうか。大半の人はボールを持ったらまっしぐら、取られるまで突進する。でも下手くそな癖に当りはやたら強いので、何度も跳ね飛ばされそうになり、左のふくらはぎに青あざもできた。かなり痛い。ほんと容赦のない人たちである。次元は違えど中田がペルージャで苦労していた時期を思い出した。自分で取りに行かない限りなかなかパスも回ってこない。でもそんな状況も含めて今日は楽しかった。結局Team Eliotは0-4で完敗したが、DJと前線でもっと絡めれば得点できる手応えはつかんだ。また来週も行くことにしよう。

膨大なReading Assingmentにこれから取り掛かるので、ちょっとブルーである。

Brief Presentation 

今朝はまず妻をNESEという英会話学校に通わせるために一緒に受付まで出向き、ひと通りの登録作業を見守る。ここの人たちはみんな怖いほど愛想がいい。「まずはPlacement Testをしよう」と言うので、「いや多分必要ないと思う。一番下のクラスでいいよ」と言ったのだが、「でも実際はレベルが違うということもあるので、とにかくテストをしてみよう」ということになり、僕は授業に出るため退出する。昼休みにちょっと覗きに行ったのだが、何とかやっていけそうな雰囲気だったので一安心する。

授業では昨日準備したグループワークを基に、簡単な発表会が行われた(発表はビデオで撮影)。昨夜Jung-ranからメールが届かず、僕が24時頃送ったメールもNicolasが見ていなかったので、ほとんど即興、伝言ゲームの世界になった。Nicolasが思ったより緊張しているようだったが、全体としてはまあまあうまくまとまったと思う。見た目でAmyに注意された点は、「Jung-ranはもっと声を大きく、Nicolasはもっと落ち着いて、Rioは文章の間にuh, uhが多い」ということだった。あまり緊張していないつもりだったが、uh, uhが多いというのは気づかなかった。恐らく英語を話すときの癖なので気をつけるようにしよう。癖と言えばKi氏はよく、Yes, Yesと言い、Yifanはよく、OK? OK?と言う。こういう癖は端から見ていると結構Funnyである。

Lasting Impressionという面では、昨日Words Worth Book Storeでお気に入りのCartoonである”The New Yorker”を購入、これを使うことにした。お父さんが小さい子供に、”And remember, my son, perception is not reality, money is.”と話しかけている絵を選び、こういう人にならないようにね、という文脈で締めに使った。思ったより受けなかった(笑)。でも姿勢だけは評価してもらえたようで、他の学生が記入するEvaluation Sheetでも、みんな僕に対して好意的なコメントを残してくれていたので嬉しかった。

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