Monday, December 29, 2003
Back to Hanover
NY Penn StationからAmtrakに揺られること7時間、Hanoverに帰ってきた。AmtrakのWrite River Junction駅から我が家までは車で5分程度、しかも駅に車を止めたまま出かけられるので、家からマンハッタンのど真ん中まで実際に僕たちが動く距離は極めて短い。便利と言えば便利である。車よりも2時間ほど余計にかかるのだが、本も読めれば寝たいときに寝られるAmtrakは結構お得かもしれない。
NYからはコネチカット州、マサチューセッツ州、バーモント州を経由してニューハンプシャー州へ到達するのだが(厳密に言うとWrite River Junctionは川向こうなのでバーモント州)、車窓からの景色はバーモントに入る辺りから一面の雪景色とだだっ広い針葉樹林へと変わり、よくこんなところに人が移り住んだものだと関心させられる。
何もない小さなWhite River Junction駅であるが、久しぶりに帰ってくると本当にほっとする。駅に放置していたCR-V号も我が家も変わりないようだ。2003年もあと2日を残すのみである。
NYからはコネチカット州、マサチューセッツ州、バーモント州を経由してニューハンプシャー州へ到達するのだが(厳密に言うとWrite River Junctionは川向こうなのでバーモント州)、車窓からの景色はバーモントに入る辺りから一面の雪景色とだだっ広い針葉樹林へと変わり、よくこんなところに人が移り住んだものだと関心させられる。
何もない小さなWhite River Junction駅であるが、久しぶりに帰ってくると本当にほっとする。駅に放置していたCR-V号も我が家も変わりないようだ。2003年もあと2日を残すのみである。
Sunday, December 28, 2003
Ground Zero
2001.9.11から既に2年3ヶ月が過ぎたこの時期に、漸くこの地を訪れることができた。Ground Zeroでは復旧工事が徐々に進んでいるものの、マンハッタンにこれだけの敷地がぽっかりと平地のまま残っているというのはやはり異様である。2年3ヶ月が過ぎてまだこの状態なのかという見方もできる。
通りを挟んで向かい側にあるSt. Paul's Chapelは、事件直後から現在に至るまで、この事件に最も深く関わってきた教会であろう。今はOut of the Dustという名前で展示物を公開している。被災直後からこの教会がボランティア活動にどのように関わってきたかが順を追って説明されているのだが、僕の目が釘づけになったのは最初に展示されていた犠牲者たちの写真と、遺族から彼らへのメッセージである。「天国で太陽があなたを眩しく照らしますように。雨が優しく降り注ぎますように。風が後ろから支えてくれますように。神がしっかりとお守り下さいますように。あなたにまた会えるその日まで。」息子の死をきっかけにエリック・クラプトンが作ったTears in Heavenを思わせるこのメッセージと写真には、言葉ではとても表現できない何かとても大きなものがつめ込まれていた。
傍らには地域電話会社Verizonの電話オペレーターからの以下のような手紙も掲げられていた。「私はその日WTC内に閉じ込められているという女性から電話を受けました。電話が殺到して緊急番号がつながらない状態だったので、私は指示された通り、屋上に避難して下さいと彼女に告げました。ヘリコプターが空から救助に向かうはずでした。まさかその数分後に建物が崩壊するなど想像もできませんでした。彼女からはもし自分が生きて出られなかった場合、家族に愛していると伝えてほしいと伝言を頼まれました。残念なことに、私は彼女の名前を聞くことができませんでした。このような形でお伝えすることになって本当に申し訳ありません。ただ遺族の方々に、このような伝言があったということだけは覚えておいてほしいと思い、筆を取りました」
また来る日も来る日も瓦礫と遺体の搬出に追われていた消防署員からは次のような手紙が届いていた。「一番早く私たちの置かれている状況に反応してくれたのは子供たちでした。子供たちが送ってくれたたくさんの手紙や絵がどれだけ私たちの救いになったことでしょう。時には思わず笑ってしまうものもありました。本当に笑ってしまったんです。私は自分自身がまだ笑えるという事実に気づき、とても勇気づけられたことを覚えています」子供たちからのメッセージには拙い文字で"Make new buildings!"と綴られているものもあった。
この事件については最早多くを語るつもりはない。ただ今日ここで見たもの、感じたものを脳裏に焼きつけておこうと思う。
通りを挟んで向かい側にあるSt. Paul's Chapelは、事件直後から現在に至るまで、この事件に最も深く関わってきた教会であろう。今はOut of the Dustという名前で展示物を公開している。被災直後からこの教会がボランティア活動にどのように関わってきたかが順を追って説明されているのだが、僕の目が釘づけになったのは最初に展示されていた犠牲者たちの写真と、遺族から彼らへのメッセージである。「天国で太陽があなたを眩しく照らしますように。雨が優しく降り注ぎますように。風が後ろから支えてくれますように。神がしっかりとお守り下さいますように。あなたにまた会えるその日まで。」息子の死をきっかけにエリック・クラプトンが作ったTears in Heavenを思わせるこのメッセージと写真には、言葉ではとても表現できない何かとても大きなものがつめ込まれていた。
傍らには地域電話会社Verizonの電話オペレーターからの以下のような手紙も掲げられていた。「私はその日WTC内に閉じ込められているという女性から電話を受けました。電話が殺到して緊急番号がつながらない状態だったので、私は指示された通り、屋上に避難して下さいと彼女に告げました。ヘリコプターが空から救助に向かうはずでした。まさかその数分後に建物が崩壊するなど想像もできませんでした。彼女からはもし自分が生きて出られなかった場合、家族に愛していると伝えてほしいと伝言を頼まれました。残念なことに、私は彼女の名前を聞くことができませんでした。このような形でお伝えすることになって本当に申し訳ありません。ただ遺族の方々に、このような伝言があったということだけは覚えておいてほしいと思い、筆を取りました」
また来る日も来る日も瓦礫と遺体の搬出に追われていた消防署員からは次のような手紙が届いていた。「一番早く私たちの置かれている状況に反応してくれたのは子供たちでした。子供たちが送ってくれたたくさんの手紙や絵がどれだけ私たちの救いになったことでしょう。時には思わず笑ってしまうものもありました。本当に笑ってしまったんです。私は自分自身がまだ笑えるという事実に気づき、とても勇気づけられたことを覚えています」子供たちからのメッセージには拙い文字で"Make new buildings!"と綴られているものもあった。
この事件については最早多くを語るつもりはない。ただ今日ここで見たもの、感じたものを脳裏に焼きつけておこうと思う。
Wednesday, December 24, 2003
Christmas in NY
今日24日から5日間はNYで観光とショッピング。クリスマスということもあり、マンハッタンはものすごい賑わいである(日本人がものすごく多い気がするのは気のせいだろうか)。Nation’s Threat LevelがHighに上げられるなど、テロの危険性が指摘される中で、クリスマスかつNYはどうかという気もするのだが、もう全てスケジュールを押さえてしまっているので何かあったら仕方がない。空港は予想したほどの混乱もなく、今のところ米国内でも大きな事件は起きていないようだ。何事もないことを祈るばかりである。
NYはビジネスを含めてこれで5度目であるが、クリスマスに滞在したことはなかったので、Times SquareやRockefeller Centerの電飾の眩さには驚くばかりである。Hanoverという片田舎で数ヶ月を過ごしてきた僕と妻は完全なおのぼりさん状態である。夕食はちょっと奮発して、Renaissance HotelのFoley’sというレストランで蟹のチャウダー(チャウダーの最高傑作!)やロブスターを頬張る。夜は明日のショッピングに備えて行動計画を練る。我が家は5th Ave.というよりはSOHO派なので、たっぷり2日はかける予定。どんな掘り出し物に出会えるか今から楽しみである。
NYはビジネスを含めてこれで5度目であるが、クリスマスに滞在したことはなかったので、Times SquareやRockefeller Centerの電飾の眩さには驚くばかりである。Hanoverという片田舎で数ヶ月を過ごしてきた僕と妻は完全なおのぼりさん状態である。夕食はちょっと奮発して、Renaissance HotelのFoley’sというレストランで蟹のチャウダー(チャウダーの最高傑作!)やロブスターを頬張る。夜は明日のショッピングに備えて行動計画を練る。我が家は5th Ave.というよりはSOHO派なので、たっぷり2日はかける予定。どんな掘り出し物に出会えるか今から楽しみである。
Section 3 (Winter Term)
新年から始まるWinter Termのクラス分けがイントラネットで発表され、僕はSection 3となった。Fall TermのSection2から引き続き一緒となったメンバーで主だった顔ぶれはAlex, Saikat, Amit, Edなど、Section2かつBoat5からはCarolyn, Kerem, Tomの3名が集まった。Internationalで仲のいいメンバーからはTe-Ling, Miguel, Juan, Yan Song, Julia, Sung Chunなど、日本人はHarvard Summerで一緒だったY氏と僕の2人。他にも魅力的なメンバーが顔を揃え、この新しいSection3もどうやら当たりのようである。このSectionで今度はどんなドラマが待っているのだろうか。
Wednesday, December 17, 2003
It’s all over!
今日StatsのFinalを終え、遂に遂にFall Termが終了した。みんな開放感に溢れた顔で、”Congratulations!” “Happy holidays!” と声を掛け、肩を叩き合っている。今日からTUCK生はほぼ一斉に田舎、母国に帰ったり、旅行に出かけたり、一旦散り散りとなる。
それにしても本当に長かった。いや長かったのかどうかもよく分からない。いつ終わるのかなんて考える暇もなく、毎日ただ走り続けた3ヶ月半だった。一方、これでTUCKでのカリキュラムの約4分の1が終わったことになる。その事実を突きつけられると、時間は確実に流れているということを実感する。今はすっかり気が抜けてしまっているので、総括はまた後日に。
年明けまでは疲弊した心身を一旦オーバーホールするとともに、Fall Termで学んだこと、反省すべきことを頭の中で整理し、Winter Termからの時間の使い方についてじっくり考えてみたい。
それにしても本当に長かった。いや長かったのかどうかもよく分からない。いつ終わるのかなんて考える暇もなく、毎日ただ走り続けた3ヶ月半だった。一方、これでTUCKでのカリキュラムの約4分の1が終わったことになる。その事実を突きつけられると、時間は確実に流れているということを実感する。今はすっかり気が抜けてしまっているので、総括はまた後日に。
年明けまでは疲弊した心身を一旦オーバーホールするとともに、Fall Termで学んだこと、反省すべきことを頭の中で整理し、Winter Termからの時間の使い方についてじっくり考えてみたい。
TUCK? What is it?
今、TUCK日本人学生の間で、TUCKの日本人向けウェブサイトを作ろうという計画が進行している。このBlogでも何度か触れてきたが、TUCK及びDartmouth大学は米国内(特に北東部)で確固たる名声を得ているのにも関わらず、日本での知名度は理不尽なほどに低い。自分たちのためにも、後に続く人たちのためにも、この状況を何とかしようという気運が盛り上がってきている。2年生の話によると、日本でも卒業生たちが卒業生のネットワーク及びウェブサイトを設立中とのこと、機を同じくして日本と米国で、言わば「TUCK知名度向上委員会」が動き出している訳である。
TUCK在校生の計画はまだ走り始めたばかりだが、MBA Program OfficeやAdmissions Officeとは既に話をして協力体制は整ったので、作業分担をしながら効率的に、かつTUCKの素晴らしさがうまく伝わるようなものをみんなで作っていきたいと思う。乞うご期待。
TUCK在校生の計画はまだ走り始めたばかりだが、MBA Program OfficeやAdmissions Officeとは既に話をして協力体制は整ったので、作業分担をしながら効率的に、かつTUCKの素晴らしさがうまく伝わるようなものをみんなで作っていきたいと思う。乞うご期待。
The Last Samurai
二週間ほど前の週末にHanoverのNugget Theaterで封切り直後の"The Last Samurai"を観た。前回の"Kill Bill"の件があったので(僕の中では史上最悪の映画の一つ)あまり期待していなかったのだが、これは本当に質の高い映画だと思う。ありがちなステレオタイプな日本の映画とは違い、日本の俳優陣も渡辺謙、真田広之、小雪、中村七之助など一流どころが揃い、演技にも重みがあったし、心配されたトムクルーズもあまりオーバーアクションをすることなく、日本の風景、時代設定に自然に溶け込んでいた。最後にトムクルーズと渡辺謙が抱擁するシーン、トムクルーズに中村七之助ふんする明治天皇が話しかけるシーンにはこみ上げて来るものがあった。
日本の近代については、教育制度の不備もあり、僕たちの世代はなぜかエアポケットのように知識が抜け落ちてしまっているのだが、僕たち日本人が前を向いて生きていく上で、胸をはって国際社会で渡りあっていく上で、本当は奈良時代や鎌倉時代よりも、明治以降の近代が最も重要な時代であると思う。日本で購入してまだ読んでいない本が何冊かあるので、この休みに読んでみようと思う。The Last Samuraiは残念ながら細部の英語がよく分からなかったので(まだそんな程度です)DVDが出たら購入してみたい。
日本の近代については、教育制度の不備もあり、僕たちの世代はなぜかエアポケットのように知識が抜け落ちてしまっているのだが、僕たち日本人が前を向いて生きていく上で、胸をはって国際社会で渡りあっていく上で、本当は奈良時代や鎌倉時代よりも、明治以降の近代が最も重要な時代であると思う。日本で購入してまだ読んでいない本が何冊かあるので、この休みに読んでみようと思う。The Last Samuraiは残念ながら細部の英語がよく分からなかったので(まだそんな程度です)DVDが出たら購入してみたい。
Monday, December 15, 2003
GEM Final
また昨日から豪雪である。今日は朝からGEMのFinal Examなのだが、教授からは「来られない人はメールで送るから家で受けていいよ」とのメールが。ただ道路はもう除雪されてるだろうし、車で行けないというほどのこともないので(僕が前より逞しくなったのか)、少し早めに学校へ向かう。
ところが割り当てられた教室には5名のみ。ファーストネームが近いJorgeやMercedesなどいつものメンツである。他の教室も閑散としている。オープンブックということもあり、どうやらみんな自宅や寮の部屋で受けているようだ。
肝心の試験の方は、かなりの苦戦が予想されたのだが、落ち着いて読んでみるとそれほど難しい問題でもないようだ。どうやら単位は取れたかなとほっと一安心。試験中に後ろのJorgeから「Rio、ちょっと教科書貸してくれ」と気軽に声がかかるほど何だかリラックスムード。訂正などはメールで通知されるので、試験中でもメールをチェックするように言われているのだが、つい下らないメールに返信などしてしまって、慌てて試験に戻る。
地獄のFall Term完遂まであと二つ。
ところが割り当てられた教室には5名のみ。ファーストネームが近いJorgeやMercedesなどいつものメンツである。他の教室も閑散としている。オープンブックということもあり、どうやらみんな自宅や寮の部屋で受けているようだ。
肝心の試験の方は、かなりの苦戦が予想されたのだが、落ち着いて読んでみるとそれほど難しい問題でもないようだ。どうやら単位は取れたかなとほっと一安心。試験中に後ろのJorgeから「Rio、ちょっと教科書貸してくれ」と気軽に声がかかるほど何だかリラックスムード。訂正などはメールで通知されるので、試験中でもメールをチェックするように言われているのだが、つい下らないメールに返信などしてしまって、慌てて試験に戻る。
地獄のFall Term完遂まであと二つ。
Saturday, December 13, 2003
Squash
土曜日。ManCommのTake-Home Exam(Andersenの会計不祥事におけるCommunication StrategyをCEOへのレターという形で提言)を午前中に終え、午後はリフレッシュのために妻と二人でスカッシュへ。冬場はスカッシュに行く回数も増えそうなので、近所のState Line Sportsで自前のラケットとボール(ダンロップ)を購入する。スカッシュはDartmouthのAlumni Gymで無料でプレーできるのだが、毎回フロントで学生証と引き換えにボールとラケットを借りるのが面倒だったので、今度からはコートに直行できるのが嬉しい。
最近マイナス10度は大体肌で体感できるようになってきた。着いてから着替えるのが面倒なので、Tシャツ、ショートパンツにダウンを羽織って出かけたのだが、さすがにショートパンツは寒い。でもそれで外に出てしまうところがちょっとNew Englanderな感じで心地良かったりもする(^^)
これから月曜日に迫った三日連続Final Examに向けて、試験勉強に励む(はず)。
最近マイナス10度は大体肌で体感できるようになってきた。着いてから着替えるのが面倒なので、Tシャツ、ショートパンツにダウンを羽織って出かけたのだが、さすがにショートパンツは寒い。でもそれで外に出てしまうところがちょっとNew Englanderな感じで心地良かったりもする(^^)
これから月曜日に迫った三日連続Final Examに向けて、試験勉強に励む(はず)。
Thursday, December 11, 2003
We are done!
今日で秋学期(Fall A/B)の授業が終了した。週明けから期末試験が続くのだが、このSection 2の60名で授業を受けるのは今日が最後である。1限目はGEM(経済学)。授業が始まる直前、教授に「今日でこのセクションも終わりだから授業中に写真を撮ってもいいか」と聞くと、「もちろん構わない。っていうか俺が撮ってやるよ。よーし、みんな真ん中に集まれ。写真撮るぞー」ということになった。隣りにいたWojtekが「Rio, このアイデアは最高だ。少しでも時間がつぶせる」とウィンクしてきた。
そう、この授業は異常につまらないのである。眠気を抑えるのが困難なこともしばしばである。学期末の授業の最後には必ず"Evaluation Sheet"が配られて、学生が教授をいくつかの項目別に「6段階」で評価する仕組みになっている。教授陣にとっては死活問題なのだが、周りに聞いてみるとこの教授には平気で"2"を付けている人が多かった。僕はさすがに"2"は可愛そうだと思い"3"にしたのだが、高いお金を払ってビジネススクールに来ている以上、駄目なものにははっきり駄目出しするのが彼らの流儀らしい。あるアメリカ人学生は「当然1にしたよ。だって最低だもん」とあっけらかんとしたものである。
一方2限目はProf. WomackによるCapital Markets。この授業はファイナンスの基礎を学ぶ内容なのだが、Goldman Sachsで働いていたWomackのレクチャーは非常に説得力があり、彼の教育に傾ける情熱、人柄とあいまって、学生の評判も非常に高い。最後には5分くらい時間をとって「来年授業で会わない人とはこれで最後になるかもしれないから」とはなむけの言葉を送ってくれた。
「MBAを取ると自分は何でもできると勘違いしてしまう人がいる。だけど僕からの最初のアドバイスは、秘書やアシスタントに対しても親切にしなさいということだ。君たちが親切に接すれば彼ら彼女らはきっと君に対していいボールを投げ返してくれる。これは君たちの将来にとってかけがえのない財産になる。これ以上に大切なことが他にあるだろうか」
「次にこのホッケー選手の記事を読んだ人はいるか?彼女はこう言っている」
引退した私には今、子供と一緒に過ごしたり、子供と一緒にホッケーしたりする時間が無限にできた。思えば3歳の頃からこれまでずっとホッケーばかりしてきたような気がする。なぜ私がこんなにホッケーを続けて来れたのかと考えてみると、私がホッケーを心から愛していたからだと思う。
「僕はこの言葉を引用するのがとても好きだ。涙が出そうになることさえある。僕はGoldmanで9年間働いた。ナンバーワンになることもあればナンバー5に落ちることもあった。これだけ稼いでいるんだからもっと給料をもらってもいいはずだと苛々することもあった。だけどキャリアの途中から朝起きるのがとても辛いと感じるようになってしまった。なぜかって?理由は簡単だ。僕はトレーダーの仕事が好きではなかったんだ」
「僕は今ここでの仕事を本当に愛している。給料は4分の1になったが(笑)それでも子供たちを大学までやるには十分だ。毎日君たちのような素晴らしい学生に囲まれて過ごす毎日は本当に充実している。」
「このことは君たちにもしっかり伝えておきたい。君たちはきっとこれからコンサルティング会社などから引っ張りだこになるだろう。単に給料がいいからという理由で仕事を転々とする人も多いだろう。でもはっきり言っておく。そのアプローチは間違いだ。これからの数ヶ月間でサマーインターンシップを手にすることになるだろうが、自分がどういう人間で、本当はどういうことがしたいのかということをもう一度ゆっくり考えてみて欲しい」
みんな小学生のようなキラキラした目で教授の話に聞き入っている。僕も思わず涙が出そうになった。
「以上で僕の授業は終わりだ。君たちの幸運を祈る」と言って教室を後にするProf. Womack。教室では拍手が鳴り止まない。これもビジネススクールの現実である。2つの授業で極端なコントラストを目の当たりにしてそれを実感した。さっき容赦なく"1"をつけていた学生をして「なんてこった。一日に最低の評価と最高の評価を書くことになったよ」と言わせるほど素晴らしい授業だった。MBA取得者の倫理が問われている今、彼のようなバランスの取れた教授こそビジネススクールで本当に必要とされる人材だろう。
授業が終わるとSection 2解散ということで、クラスメートがどこからともなくシャンパンを持ってきて、みんなで乾杯する。次にAbigailがCapMで習ったことをもじって作ったという歌を披露して拍手喝さいを浴びる。次に真ん中に座ったKaremが「じゃあSection 2の各賞受賞者を決めよう。シナリオはKateが書いたものだけど」と言って質問を始める。
「じゃあまず授業中一番トイレに立っていたのは誰?」「ケート!」
「クラスで一番寝ていたのは?」「ルカでしょーーー。」
「差されてもいないのに一番発言していたのは?」「スライ!」「グレン!」「どっち?スライだと思う人?」(拍手)「グレンだと思う人」(大拍手)「はいじゃあグレンに決定」
「次。一番名前を呼び間違えられたのは?」「自分でしょー」「カレムだよ」「そーかなー」(Prof. Womack再登場)「教授、僕の名前呼んでもらえますか?」「えーっと、キャーレム?(微妙に違う発音)」「はい、俺に決定(笑)」
「じゃあ次。おいおい、こんなこと聞いていいのか。一番授業をさぼっていたのは?」「クリスチャンじゃない?」「いやターニャでしょ(注: これ結構タブー)」「あー、確かに」「じゃあターニャでいい?あれ、ターニャは?いないじゃん(爆笑)。やっぱターニャに決定!」
こんなバカ話でひとしきり盛り上がる。彼らとはまだまだこれからも時間をともにすることになるのだが、この60名で集まることはもうないと思うとちょっとだけ感傷的になる。このFall Termは後から振り返ったときに、人生で最も厳しかった経験の一つになっているはずだ。それだけに一番思い出に残るSectionとなるに違いない。
そう、この授業は異常につまらないのである。眠気を抑えるのが困難なこともしばしばである。学期末の授業の最後には必ず"Evaluation Sheet"が配られて、学生が教授をいくつかの項目別に「6段階」で評価する仕組みになっている。教授陣にとっては死活問題なのだが、周りに聞いてみるとこの教授には平気で"2"を付けている人が多かった。僕はさすがに"2"は可愛そうだと思い"3"にしたのだが、高いお金を払ってビジネススクールに来ている以上、駄目なものにははっきり駄目出しするのが彼らの流儀らしい。あるアメリカ人学生は「当然1にしたよ。だって最低だもん」とあっけらかんとしたものである。
一方2限目はProf. WomackによるCapital Markets。この授業はファイナンスの基礎を学ぶ内容なのだが、Goldman Sachsで働いていたWomackのレクチャーは非常に説得力があり、彼の教育に傾ける情熱、人柄とあいまって、学生の評判も非常に高い。最後には5分くらい時間をとって「来年授業で会わない人とはこれで最後になるかもしれないから」とはなむけの言葉を送ってくれた。
「MBAを取ると自分は何でもできると勘違いしてしまう人がいる。だけど僕からの最初のアドバイスは、秘書やアシスタントに対しても親切にしなさいということだ。君たちが親切に接すれば彼ら彼女らはきっと君に対していいボールを投げ返してくれる。これは君たちの将来にとってかけがえのない財産になる。これ以上に大切なことが他にあるだろうか」
「次にこのホッケー選手の記事を読んだ人はいるか?彼女はこう言っている」
引退した私には今、子供と一緒に過ごしたり、子供と一緒にホッケーしたりする時間が無限にできた。思えば3歳の頃からこれまでずっとホッケーばかりしてきたような気がする。なぜ私がこんなにホッケーを続けて来れたのかと考えてみると、私がホッケーを心から愛していたからだと思う。
「僕はこの言葉を引用するのがとても好きだ。涙が出そうになることさえある。僕はGoldmanで9年間働いた。ナンバーワンになることもあればナンバー5に落ちることもあった。これだけ稼いでいるんだからもっと給料をもらってもいいはずだと苛々することもあった。だけどキャリアの途中から朝起きるのがとても辛いと感じるようになってしまった。なぜかって?理由は簡単だ。僕はトレーダーの仕事が好きではなかったんだ」
「僕は今ここでの仕事を本当に愛している。給料は4分の1になったが(笑)それでも子供たちを大学までやるには十分だ。毎日君たちのような素晴らしい学生に囲まれて過ごす毎日は本当に充実している。」
「このことは君たちにもしっかり伝えておきたい。君たちはきっとこれからコンサルティング会社などから引っ張りだこになるだろう。単に給料がいいからという理由で仕事を転々とする人も多いだろう。でもはっきり言っておく。そのアプローチは間違いだ。これからの数ヶ月間でサマーインターンシップを手にすることになるだろうが、自分がどういう人間で、本当はどういうことがしたいのかということをもう一度ゆっくり考えてみて欲しい」
みんな小学生のようなキラキラした目で教授の話に聞き入っている。僕も思わず涙が出そうになった。
「以上で僕の授業は終わりだ。君たちの幸運を祈る」と言って教室を後にするProf. Womack。教室では拍手が鳴り止まない。これもビジネススクールの現実である。2つの授業で極端なコントラストを目の当たりにしてそれを実感した。さっき容赦なく"1"をつけていた学生をして「なんてこった。一日に最低の評価と最高の評価を書くことになったよ」と言わせるほど素晴らしい授業だった。MBA取得者の倫理が問われている今、彼のようなバランスの取れた教授こそビジネススクールで本当に必要とされる人材だろう。
授業が終わるとSection 2解散ということで、クラスメートがどこからともなくシャンパンを持ってきて、みんなで乾杯する。次にAbigailがCapMで習ったことをもじって作ったという歌を披露して拍手喝さいを浴びる。次に真ん中に座ったKaremが「じゃあSection 2の各賞受賞者を決めよう。シナリオはKateが書いたものだけど」と言って質問を始める。
「じゃあまず授業中一番トイレに立っていたのは誰?」「ケート!」
「クラスで一番寝ていたのは?」「ルカでしょーーー。」
「差されてもいないのに一番発言していたのは?」「スライ!」「グレン!」「どっち?スライだと思う人?」(拍手)「グレンだと思う人」(大拍手)「はいじゃあグレンに決定」
「次。一番名前を呼び間違えられたのは?」「自分でしょー」「カレムだよ」「そーかなー」(Prof. Womack再登場)「教授、僕の名前呼んでもらえますか?」「えーっと、キャーレム?(微妙に違う発音)」「はい、俺に決定(笑)」
「じゃあ次。おいおい、こんなこと聞いていいのか。一番授業をさぼっていたのは?」「クリスチャンじゃない?」「いやターニャでしょ(注: これ結構タブー)」「あー、確かに」「じゃあターニャでいい?あれ、ターニャは?いないじゃん(爆笑)。やっぱターニャに決定!」
こんなバカ話でひとしきり盛り上がる。彼らとはまだまだこれからも時間をともにすることになるのだが、この60名で集まることはもうないと思うとちょっとだけ感傷的になる。このFall Termは後から振り返ったときに、人生で最も厳しかった経験の一つになっているはずだ。それだけに一番思い出に残るSectionとなるに違いない。
Conflict
Fall Bも残りあと僅かとなった。冬学期はSection替えがあり、スタディグループも新しいメンバーがアサインされる。スタディグループのメンバーとは、3ヶ月半の間、週末も含め土曜日以外ほぼ毎日のように顔を合わせていたのでTUCKに来てから他の誰よりも多くの時間をともにしてきた。
我がGroup18のメンバーは総じてフレンドリーで、頭の回転も速く、とても建設的で楽しい時間を過ごさせてもらったと思う。ただその過程ではいろいろとストレスのたまることもあったし、最後に来てちょっとしたConflictもあった。逆の立場になって考えてみると、英語を思ったように話せず、数字系でもクリアな答えが返ってこない僕に対して彼らがストレスを感じることも多々あったはずだ。
Conflictはそんな異邦人の僕が起こしたものだ。ManCommのグループプレゼンテーションが佳境に入ってきた頃、それぞれの意見がかみ合わず、時間との戦いでみんな珍しく苛々し始めた。今回のプレゼンテーションでは細かい表現や言い回しも重要なポイントであり、僕にとっては数字とはまた違った難しさがある。彼らがヒートアップしてくるといつもより更に早口になり、ほぼ理解不能な状況に陥る。それでも何か貢献しようと必死に発言するのだが「取るに足らない」ということなのか、目が合ってもまるで何事もなかったかのように流して次に進んでいく彼らに僕のストレスも頂点に達した。
いつも周囲に気を使ってくれるムードメーカーのJerryが最後に”Are you happy, Rio?”と聞いてきたので「いや。そうは思わない。ちょっと言いたいことがあるから聞いてくれ」と解散モードのメンバーにもう一度座りなおしてもらう。
「君たちも同じように感じているかもしれないが、僕は今とってもストレスがたまっているし、君たちに失望している。僕は自分がバカなのはよく分かっているが、君たちも相当醜いと思う」
と言うところから切り出す。みんな一様に驚いた表情を浮かべている。僕は日本にいるときから思ったことははっきり言う方だったし、それが結果的に建設的な議論につながると信じてきたが、ここアメリカではそれが顕著である。つまり隅っこで黙っているだけで、こちらから自分がどう思っているかを説明しない限り、存在自体が認識されないのである(表面的な挨拶、社交辞令は除く)。
この僕のささやかな抗議に対して、普段とてもフレンドリーで、事実上のリーダーであるAdamから「まず君はバカなんかじゃない。前にも言ったけど、初めて海外に出てきて、これだけ困難な状況でも普通に振舞える君には尊敬すら感じるんだ。僕が逆の立場だったらとても同じことはできやしない。これは本当だ」と前置きがあった後、「具体的な状況を説明してもらってもいいかな?正直僕は今それを言われるまで問題を認識していなかった。もう同じことは繰り返したくないから何がまずかったか話してくれ」という質問をされた。僕は、ここ数日僕の発言に対して嘲笑するような仕草や、明らかに無視するような状況が何度かあり、それに対して僕がどう感じていたかを説明する。
この一連の話し合いは僕にとっても彼らにとっても有益だったのではないだろうか。Adamは「なるほど分かった。そういうつもりはなかったんだけど、そう感じさせてしまったとしたら本当に申し訳ない。悪かった。でもそれを言い出してくれてありがとう。僕はそれに気がつかないところだったから」というコメントをしてくれた。
僕は元々楽天的で、熱しやすく冷めやすい分かりやすい性格なので、もう翌日にはすっかり気分もよくなって、スタディグループのメンバーともまたいつも通り(もしかしたらいつも以上に)前向きにコミュニケーションが取れるようになった。これも全てをぶちまけたお陰かもしれない。心の中でうじうじ悩んでいるのはどうも性に合わない。
そんな出来事はあったものの、アウトプットの極端に少ない僕と3ヶ月半に渡って辛抱強く付き合ってくれたメンバー、Adam, Jerry, Darby, Aliceには本当に感謝したいし、これからも僕の適応力、英語力の向上を客観的に図ってくれる存在として?いい友人関係を築いていければと思う。Thanks a lot!
我がGroup18のメンバーは総じてフレンドリーで、頭の回転も速く、とても建設的で楽しい時間を過ごさせてもらったと思う。ただその過程ではいろいろとストレスのたまることもあったし、最後に来てちょっとしたConflictもあった。逆の立場になって考えてみると、英語を思ったように話せず、数字系でもクリアな答えが返ってこない僕に対して彼らがストレスを感じることも多々あったはずだ。
Conflictはそんな異邦人の僕が起こしたものだ。ManCommのグループプレゼンテーションが佳境に入ってきた頃、それぞれの意見がかみ合わず、時間との戦いでみんな珍しく苛々し始めた。今回のプレゼンテーションでは細かい表現や言い回しも重要なポイントであり、僕にとっては数字とはまた違った難しさがある。彼らがヒートアップしてくるといつもより更に早口になり、ほぼ理解不能な状況に陥る。それでも何か貢献しようと必死に発言するのだが「取るに足らない」ということなのか、目が合ってもまるで何事もなかったかのように流して次に進んでいく彼らに僕のストレスも頂点に達した。
いつも周囲に気を使ってくれるムードメーカーのJerryが最後に”Are you happy, Rio?”と聞いてきたので「いや。そうは思わない。ちょっと言いたいことがあるから聞いてくれ」と解散モードのメンバーにもう一度座りなおしてもらう。
「君たちも同じように感じているかもしれないが、僕は今とってもストレスがたまっているし、君たちに失望している。僕は自分がバカなのはよく分かっているが、君たちも相当醜いと思う」
と言うところから切り出す。みんな一様に驚いた表情を浮かべている。僕は日本にいるときから思ったことははっきり言う方だったし、それが結果的に建設的な議論につながると信じてきたが、ここアメリカではそれが顕著である。つまり隅っこで黙っているだけで、こちらから自分がどう思っているかを説明しない限り、存在自体が認識されないのである(表面的な挨拶、社交辞令は除く)。
この僕のささやかな抗議に対して、普段とてもフレンドリーで、事実上のリーダーであるAdamから「まず君はバカなんかじゃない。前にも言ったけど、初めて海外に出てきて、これだけ困難な状況でも普通に振舞える君には尊敬すら感じるんだ。僕が逆の立場だったらとても同じことはできやしない。これは本当だ」と前置きがあった後、「具体的な状況を説明してもらってもいいかな?正直僕は今それを言われるまで問題を認識していなかった。もう同じことは繰り返したくないから何がまずかったか話してくれ」という質問をされた。僕は、ここ数日僕の発言に対して嘲笑するような仕草や、明らかに無視するような状況が何度かあり、それに対して僕がどう感じていたかを説明する。
この一連の話し合いは僕にとっても彼らにとっても有益だったのではないだろうか。Adamは「なるほど分かった。そういうつもりはなかったんだけど、そう感じさせてしまったとしたら本当に申し訳ない。悪かった。でもそれを言い出してくれてありがとう。僕はそれに気がつかないところだったから」というコメントをしてくれた。
僕は元々楽天的で、熱しやすく冷めやすい分かりやすい性格なので、もう翌日にはすっかり気分もよくなって、スタディグループのメンバーともまたいつも通り(もしかしたらいつも以上に)前向きにコミュニケーションが取れるようになった。これも全てをぶちまけたお陰かもしれない。心の中でうじうじ悩んでいるのはどうも性に合わない。
そんな出来事はあったものの、アウトプットの極端に少ない僕と3ヶ月半に渡って辛抱強く付き合ってくれたメンバー、Adam, Jerry, Darby, Aliceには本当に感謝したいし、これからも僕の適応力、英語力の向上を客観的に図ってくれる存在として?いい友人関係を築いていければと思う。Thanks a lot!
Saturday, December 06, 2003
ManComm Presentation
昨夜から降り続いた雪がまだ止まない。ものすごい勢いで雪が積もっていく。日本のAIGLEで買った膝近くまである長靴が大活躍してくれているのだが、既に場所によっては長靴の中にまで雪が侵入してきてしまう。明日まで降り続くと言われているのだが、一体どれだけ積もるのだろう。
今日は土曜日だが、午後からManCommのプレゼンテーション試験があった。Study Groupで準備を重ねてきた集大成である。前回のImpromptuの反省とフィードバックを踏まえた上で、今回は個人としてだけではなく、グループとして評価が下されるので、メンバーに迷惑をかける訳にはいかない。
テーマは”Cross Cultural Communication”で、グループ毎に一つの国を選択し、その国で初めてビジネスを行うクライアントに対して、コミュニケーションという観点から提言を行うというものである。ビジネスの場を想定しているので、スーツの着用も義務付けられている。今回は冗談もビジネスに相応しいもの以外は奨励されていない。もちろんビデオ撮影付きである。前回のプレゼンテーションのビデオを見た個人的な反省点としては、真っ直ぐに立つこと、ゆっくり話すこと、Fillerを少なくすること(uh, um等)、一人一人の顔をしっかり見ることであった。今回はこれも修正する必要がある。
僕はくじ引きでIntroductionの担当となった。IntroductionはAttention Grabberが必要とされるので結構タフな役回りだ。結局今回は奇をてらったことはせず、全体のPreviewと各プレゼンテーションの論理的つながりを説明することに集中した。我がGroup18は「孫子の兵法(The Art of War)」と対比させながら、中国でビジネスを行う上で重要な三つのポイント、Communication Style (Laying Plans), Preparing for the Meeting (Waging War), Conducting Negotiations (Weak Points and Strength)についてプレゼンを行った。
結果としてはまずまずの成功だったと思う。今回の目玉は香港人のAliceである。彼女はStudy Groupでも一番頭が切れるのだが、勝負度胸も相当なものがある。「中国語も少しだけ覚えていく方が好ましいです。今日は皆さんに4つの言葉をお教えします。これさえ覚えれば15分間は中国語が話せないこともばれないでしょう。私の後について復唱して下さい」という言葉で笑いを誘う。その4つの言葉とは”How are you? (Ning hao ma)” “Really? (Zheng de ma)” “That’s great! (Tai bang la!)” “Thank you. (Xe Xe)”である。チームメートの僕でさえ何度聞いても面白い。演劇を習っていたこともあるというAliceだけに、緊迫感の漂う会場でも一人笑顔でしっかり聴衆を惹き付けていた。
最後に総括としてProf. Argentiから「Management Communicationのクラスも後は記述試験だけとなりました。完遂おめでとう。また来年Electiveのクラスで会いましょう」という言葉があってちょっと感動的だった。いわゆるコミュニケーションスキルというものは学んで何かが変わるものではないと信じていたのだが、こうして徹底的に自己分析をしてみるとなかなか奥が深いと同時に、メッセージを伝える手段としてのコミュニケーション(表情や仕草を含む)の重要性を改めて認識することができた。日本はこの「コミュニケーション教育」という分野では著しくアメリカに劣っていると感じる。定量分析を徹底的に叩き込まれる一方で、こういうビジネスマンとして不可欠な要素を学べるのがMBAの醍醐味ではないだろうか。
今日は土曜日だが、午後からManCommのプレゼンテーション試験があった。Study Groupで準備を重ねてきた集大成である。前回のImpromptuの反省とフィードバックを踏まえた上で、今回は個人としてだけではなく、グループとして評価が下されるので、メンバーに迷惑をかける訳にはいかない。
テーマは”Cross Cultural Communication”で、グループ毎に一つの国を選択し、その国で初めてビジネスを行うクライアントに対して、コミュニケーションという観点から提言を行うというものである。ビジネスの場を想定しているので、スーツの着用も義務付けられている。今回は冗談もビジネスに相応しいもの以外は奨励されていない。もちろんビデオ撮影付きである。前回のプレゼンテーションのビデオを見た個人的な反省点としては、真っ直ぐに立つこと、ゆっくり話すこと、Fillerを少なくすること(uh, um等)、一人一人の顔をしっかり見ることであった。今回はこれも修正する必要がある。
僕はくじ引きでIntroductionの担当となった。IntroductionはAttention Grabberが必要とされるので結構タフな役回りだ。結局今回は奇をてらったことはせず、全体のPreviewと各プレゼンテーションの論理的つながりを説明することに集中した。我がGroup18は「孫子の兵法(The Art of War)」と対比させながら、中国でビジネスを行う上で重要な三つのポイント、Communication Style (Laying Plans), Preparing for the Meeting (Waging War), Conducting Negotiations (Weak Points and Strength)についてプレゼンを行った。
結果としてはまずまずの成功だったと思う。今回の目玉は香港人のAliceである。彼女はStudy Groupでも一番頭が切れるのだが、勝負度胸も相当なものがある。「中国語も少しだけ覚えていく方が好ましいです。今日は皆さんに4つの言葉をお教えします。これさえ覚えれば15分間は中国語が話せないこともばれないでしょう。私の後について復唱して下さい」という言葉で笑いを誘う。その4つの言葉とは”How are you? (Ning hao ma)” “Really? (Zheng de ma)” “That’s great! (Tai bang la!)” “Thank you. (Xe Xe)”である。チームメートの僕でさえ何度聞いても面白い。演劇を習っていたこともあるというAliceだけに、緊迫感の漂う会場でも一人笑顔でしっかり聴衆を惹き付けていた。
最後に総括としてProf. Argentiから「Management Communicationのクラスも後は記述試験だけとなりました。完遂おめでとう。また来年Electiveのクラスで会いましょう」という言葉があってちょっと感動的だった。いわゆるコミュニケーションスキルというものは学んで何かが変わるものではないと信じていたのだが、こうして徹底的に自己分析をしてみるとなかなか奥が深いと同時に、メッセージを伝える手段としてのコミュニケーション(表情や仕草を含む)の重要性を改めて認識することができた。日本はこの「コミュニケーション教育」という分野では著しくアメリカに劣っていると感じる。定量分析を徹底的に叩き込まれる一方で、こういうビジネスマンとして不可欠な要素を学べるのがMBAの醍醐味ではないだろうか。
Christmas Tree
今日Dartmouth大学の中心の広場であるDartmouth Greenでクリスマスツリーの点灯式があった。いつの間にかDartmouth GreenもすっかりDartmouth Whiteに変わっている。底冷えのする気候にも関わらず(摂氏マイナス11度)、学生や住人など大勢が集まり、賛美歌を歌う合唱団の歌に聞き入っている。ただあまりにも寒いので、僕と妻はとりあえず写真だけ撮り、早々に退散した。こんな気温でよく外にいられるなというのが正直な感想である。そう言えば今朝大学の敷地内で半袖半ズボンの学生を見かけた。開いた口が塞がらなかった…
Tuesday, December 02, 2003
Coming of Winter
それにしても寒い。雪も本格的に降り出した。今までは資料を読んだりしながら気軽にドアを開けて外に出られたのだが、今日は学校から出る直前にはたと立ち止まり、暫し考えてから資料やパソコンをリュックにしまい、ダウンジャケットのチャックを上まで上げて、ポケットに手を突っこんでから外に出た。帰宅後、気になってウェブで調べてみたところ、現在華氏12度(摂氏マイナス11.1度)。は?ちなみに今日の最低気温は華氏5度(摂氏マイナス15度)だったようだ。1月にかけて更に寒くなると言うのだから恐ろしい。今日は宿題も早く片付いたので、これからホッケーに出かけようと思う(今、夜の10時です)。
Birthday Party
日曜、月曜と誕生日会が続いた。日曜は韓国系アメリカ人のBonnie、月曜は中国人のCindyである。BonnieはOutward Boundのボート仲間。彼女はボートの中で最年少ながら最もしっかりしていて、好き勝手に行動するメンバーの良きまとめ役になっていた。今でもボート5のメンバーが誕生日を迎えるとメールで知らせてくれたりする。そんな彼女だけにTUCKでの人気も非常に高く、忙しい日曜の夜にも関わらず13、4名が誕生会に駆けつけた。僕は思わず遠慮して主役から遠い席に座ってしまったので、結局Bonnieとは話せずじまい。Bonnieにも「話せないどころかRioが見えなかったわ」と言われてしまった。
その代わり僕は普段あまり話す機会のなかった3人の才女(Tammy, Anu, Heidi)に囲まれて結構楽しかった(笑)(帰ってからパラパラと名簿をめくってみると、三人の出身校がバージニア、バークレー、コロンビアであることが判明。そう言えばBonnieもバークレー出身である。うーむ。)特にこういう非公式の場ではみんな滅茶苦茶早口でしゃべるのでなかなか会話に絡めないのだが、それでも以前に比べれば随分自然に溶け込めるようになってきたと思う。しかもこういう場で仲良くなると、学校で会ったときにとても親近感を感じるから不思議である。
これまではあまりにも勉強(数字)に追われてほとんど社交の場にも出られなかったのだが、当初の予定通り、年明けの冬学期辺りからは少しギアを入れ替えて、いろいろなことにチャレンジしてみたいと思う。
その代わり僕は普段あまり話す機会のなかった3人の才女(Tammy, Anu, Heidi)に囲まれて結構楽しかった(笑)(帰ってからパラパラと名簿をめくってみると、三人の出身校がバージニア、バークレー、コロンビアであることが判明。そう言えばBonnieもバークレー出身である。うーむ。)特にこういう非公式の場ではみんな滅茶苦茶早口でしゃべるのでなかなか会話に絡めないのだが、それでも以前に比べれば随分自然に溶け込めるようになってきたと思う。しかもこういう場で仲良くなると、学校で会ったときにとても親近感を感じるから不思議である。
これまではあまりにも勉強(数字)に追われてほとんど社交の場にも出られなかったのだが、当初の予定通り、年明けの冬学期辺りからは少しギアを入れ替えて、いろいろなことにチャレンジしてみたいと思う。