Tuesday, February 24, 2004
General Management?
最近、宿題やグループワークを進めていて、「あれ、これって何の授業だっけ」と一瞬考えてしまうことが増えてきた。これは前向きに解釈すると、恐らくGeneral Manager育成を前提としたTUCKのカリキュラム、科目間の統合というものが僕の中で機能し始めたということではないだろうか。例えばMarketingの課題をCorporate Financeの視点で考えたり、StrategyのケースでEconomicsのフレームワークを使ったりということである。当然実社会ではこれらの要素を組み合わせて意思決定を行う訳であり、これは自分にとっては良い傾向だと思う。
ところで自分の中での今学期の目玉はCorporate Financeなのであるが、常にコールドコールの緊張感に満ちている雰囲気と、ひどいスペイン訛り、かつものすごい速さでまくしたてる教授(何を話しているのかほとんど聞き取れない)のお陰で、結局後追いを余儀なくされている。ただCapital Structure/Capital BudgetingやValuationの基本は少しずつつかめるようになってきた。冬学期の中盤にReal Optionを扱った辺りから実社会とのリンクが自分の中でとれるようになり「面白い」と思えるようになってきたのだが、これは自分としてはかなり画期的なことである。
結局ここに来て再認識していることは、実社会と理論のリンクをどう設定できるかによって、自分のモチベーション、ひいては米国で学ぶ2年間の価値が決まるということである。先日も友人のJuliaから「音楽業界についてちょっと知りたいことがあるんだけどRioって詳しい?」と聞かれたので、「専門ではないけどちょっとかじったことはあるから軽く調べてメール送るよ」というやり取りがあったのだが、自分の専門領域である情報通信とそれに付随するメディア産業について、新たな視点から見直す作業はなかなか楽しい。「授業よりもこれをもう少し詳しくやりたいかも」「いっそケースを自分で書きたいなあ」と思ってしまうこともしばしばである。まだ足取りはよたよたと心許ないが、向かうべき方向はおぼろげながら見えてきた感じがする。
ところで自分の中での今学期の目玉はCorporate Financeなのであるが、常にコールドコールの緊張感に満ちている雰囲気と、ひどいスペイン訛り、かつものすごい速さでまくしたてる教授(何を話しているのかほとんど聞き取れない)のお陰で、結局後追いを余儀なくされている。ただCapital Structure/Capital BudgetingやValuationの基本は少しずつつかめるようになってきた。冬学期の中盤にReal Optionを扱った辺りから実社会とのリンクが自分の中でとれるようになり「面白い」と思えるようになってきたのだが、これは自分としてはかなり画期的なことである。
結局ここに来て再認識していることは、実社会と理論のリンクをどう設定できるかによって、自分のモチベーション、ひいては米国で学ぶ2年間の価値が決まるということである。先日も友人のJuliaから「音楽業界についてちょっと知りたいことがあるんだけどRioって詳しい?」と聞かれたので、「専門ではないけどちょっとかじったことはあるから軽く調べてメール送るよ」というやり取りがあったのだが、自分の専門領域である情報通信とそれに付随するメディア産業について、新たな視点から見直す作業はなかなか楽しい。「授業よりもこれをもう少し詳しくやりたいかも」「いっそケースを自分で書きたいなあ」と思ってしまうこともしばしばである。まだ足取りはよたよたと心許ないが、向かうべき方向はおぼろげながら見えてきた感じがする。
Endaka
今日はマクロ経済の最後の授業だったのだが、テーマがずばり"Endaka"だったので、できるだけ日本の生の情報を伝えようという姿勢で臨んだ結果、TUCKに来てから間違いなく最も多く発言したクラスになった(少ししゃべり過ぎたと反省モード)。これだけ日本のテーマを扱うとさすがにみんな辟易しているのではないかと心配したが、Prof. Bernardのメリハリの効いたトークと絶妙の議論さばきには定評があり、学生たちも最後まで積極的に発言していた。そしてやはり拍手は暫く鳴り止まなかった。相変わらずとても分かりやすい。
トヨタ、ホンダ、日産、マツダ(ケースではBig4と定義されている)がプラザ合意以降のEndakaにどう対応したのか、それは適切であったのか、米国企業の対応をどう評価するかといったテーマで議論が進んだ。ケースによると、このEndakaによって日本企業が生産拠点を多様化し、ハイエンド製品へシフトすることで比較優位を追求できたという説明がなされている。更なるEndakaが進み、Anti-Japanese運動が起こった(Caroline談)にも関わらず、米国市場でシェアを伸ばし続けた日本企業の逞しさ。こうしてケースを読み、米国人に囲まれて議論をすることで、日本という国が超大国アメリカにどれだけのインパクトを与えたのか、どれだけの偉業を成し遂げたのか、ということが初めて実感できる。(来週もStrategyでホンダのケースを扱う予定)
中国人で仲の良いYan Songが「この時期の米国の政策に成績をつけるとすればLow Passだ。日本を批判するばかりで建設的な戦略を立てられなかった」と発言をしてくれたので、"I really appreciate your friendship"と御礼を言った上で、「でも米国の立場から見ればこの反応は十分理解できる」「以前自動車交渉の場で橋本通産相が米国のカウンターパート(カンター通商代表でした)に竹刀をプレゼントした時に、彼が橋本通産相を切るマネをしたセンセーショナルな光景は今でも覚えている。二人とも笑っていなかったが、数秒後に突然笑顔になったのは本当にWeirdでScaryだった」「米国企業の真の問題は、ドル安のアドバンテージをうまく生かせなかったこと、製品のカスタマイズ等、各市場に適応できなかったことにあると思う」等とコメントする。
授業の最後にProf. Bernardが「ところで今現在、日本の自動車メーカーのうち何社が完全に日本企業によって統治されていると思う?」と質問を投げかけたので「2, 3社かな」と即答したところ「私の知る限り2社だ。コスト削減、工場移転、製品の多様化等、日本企業のEndaka対応には目を見張るものがあったが、1ドル80~90円というSuper Endakaや、これに追いうちをかけるような世界的不況にはなす術がなかった。それがマクロ経済のインパクトだ」という結びで授業が終わった。
授業後に日本人のY氏と「トヨタとホンダ以外ってもう全部外資だっけ?」「そうだったと思うけど」という話になり暫しインターネットで確認。確かに日産(Renault)、マツダ(Ford)以外にも三菱自動車(Daimler Chrysler)、いすゞ、スズキ(GM)等、全て欧米大手の傘下に収まっている。「国外でのブランドが揺らぎ始めているホンダも財務状況によっては危ない」というY氏の解説にもかなり説得力があった。ポスト製造業時代の日本の比較優位はどこにあるのだろうか。日本の就職人気企業ランキングを時系列に眺めながら暫しそんなことを考えた。
トヨタ、ホンダ、日産、マツダ(ケースではBig4と定義されている)がプラザ合意以降のEndakaにどう対応したのか、それは適切であったのか、米国企業の対応をどう評価するかといったテーマで議論が進んだ。ケースによると、このEndakaによって日本企業が生産拠点を多様化し、ハイエンド製品へシフトすることで比較優位を追求できたという説明がなされている。更なるEndakaが進み、Anti-Japanese運動が起こった(Caroline談)にも関わらず、米国市場でシェアを伸ばし続けた日本企業の逞しさ。こうしてケースを読み、米国人に囲まれて議論をすることで、日本という国が超大国アメリカにどれだけのインパクトを与えたのか、どれだけの偉業を成し遂げたのか、ということが初めて実感できる。(来週もStrategyでホンダのケースを扱う予定)
中国人で仲の良いYan Songが「この時期の米国の政策に成績をつけるとすればLow Passだ。日本を批判するばかりで建設的な戦略を立てられなかった」と発言をしてくれたので、"I really appreciate your friendship"と御礼を言った上で、「でも米国の立場から見ればこの反応は十分理解できる」「以前自動車交渉の場で橋本通産相が米国のカウンターパート(カンター通商代表でした)に竹刀をプレゼントした時に、彼が橋本通産相を切るマネをしたセンセーショナルな光景は今でも覚えている。二人とも笑っていなかったが、数秒後に突然笑顔になったのは本当にWeirdでScaryだった」「米国企業の真の問題は、ドル安のアドバンテージをうまく生かせなかったこと、製品のカスタマイズ等、各市場に適応できなかったことにあると思う」等とコメントする。
授業の最後にProf. Bernardが「ところで今現在、日本の自動車メーカーのうち何社が完全に日本企業によって統治されていると思う?」と質問を投げかけたので「2, 3社かな」と即答したところ「私の知る限り2社だ。コスト削減、工場移転、製品の多様化等、日本企業のEndaka対応には目を見張るものがあったが、1ドル80~90円というSuper Endakaや、これに追いうちをかけるような世界的不況にはなす術がなかった。それがマクロ経済のインパクトだ」という結びで授業が終わった。
授業後に日本人のY氏と「トヨタとホンダ以外ってもう全部外資だっけ?」「そうだったと思うけど」という話になり暫しインターネットで確認。確かに日産(Renault)、マツダ(Ford)以外にも三菱自動車(Daimler Chrysler)、いすゞ、スズキ(GM)等、全て欧米大手の傘下に収まっている。「国外でのブランドが揺らぎ始めているホンダも財務状況によっては危ない」というY氏の解説にもかなり説得力があった。ポスト製造業時代の日本の比較優位はどこにあるのだろうか。日本の就職人気企業ランキングを時系列に眺めながら暫しそんなことを考えた。
Saturday, February 21, 2004
Teamwork
渡米以来初めて風邪をひいてしまった。体の調子が悪いとやはりどうしても心の調子も上がってこない。少し環境に適応しつつあったところで、ちょっとエアポケットにはまってしまったのかもしれない。そんな状態の中、複数のグループプロジェクトの締切りが立て続けに迫り、一気にワークロードもきつくなり、風邪をひいている場合ではなくなってきた。冬学期は秋学期に比べてこれまで比較的人間的な?生活を送れていたのだが(最近どう?と聞く友達によく"I feel I'm living like a human being"という冗談を言っていた)、ここ数日は授業後に少し昼寝をした後、朝の5時、6時まで机にかじりついている。
一つはStrategyのグループプロジェクトである。これはスタディーグループ毎に一つの実在する企業を選んで、その企業の取り巻く競争環境について、各種のフレームワークを使って分析するというAssignmentである。我がTeam 33はBrianの発案でNextel Communicationsという米国でシェア第5位の携帯電話会社を扱うことに決まった。別に僕から言い出した訳ではないのだが、僕の専門分野の一つでもあり、貢献できる余地大である。という訳で各方面から積極的に情報を収集しつつ、市場の概観から競合各社の特徴まで、懸命にアウトプットを出し続けている。やはり同じ読み物でも慣れ親しんだ業界の話は頭にスムーズに入ってくるので、膨大な量もあまり苦にならない。
一方同期である日本人のKu氏のグループがTivoというニッチなメディア系企業を取り上げることになったのだが、僕は以前この企業のビジネスモデルについて研究したことがあったので、Ku氏からの質問にもバリューチェーンの図などを描きながら知っている限りの情報を整理して伝える。Ku氏には秋学期にFinanceでお世話になりっぱなしだったので、これから少しずつでもお返しをしていかなければいけない。Ku氏がスタディグループでこの話をしたところ、今度はGemという学生から「君が描いた図がとても興味深かったのでちょっと話を聞かせてくれないか?」というメールが届く。自分のプロジェクトで一杯一杯ながらも、こうやって誰かに請われるというのは久しぶりの感覚なのでちょっと嬉しかったりもする。
もう一つはマクロ経済のケースライトアップである。英国の自動車メーカーであるジャガーのケースを読み、為替リスクに対する利益の感応性や、各種マクロ経済要因と企業努力の貢献度合について分析するという課題である。この授業では国際ビジネスや政府の金融・財政政策がテーマの中心であり、ドルと円、日本の自動車メーカーの円高対応など、何かと日本が話題に上る。必然的に授業でも手を挙げざるを得ない雰囲気になる。今回のセクションでは日本人は僕とY氏の二人だけなのだが、教室の両サイドに陣取る二人のどちらかが困ったらどちらかがフォローするというコンビがうまく機能しており、教授も首を右、左に振りながら面白そうに相手をしてくれている。
また米国人学生にとって「国際ビジネス」と言うものはあまり身近でないらしく、基本的な為替レートの質問にも答えられない学生がいたりするのは本当に新鮮である。先日は日本が1990年代前半に急激な円高に直面し、1995年以降は逆に急激な円安に突入したというグラフを教授が説明していたので、ここは何か言わなければと思い、「僕の経験をちょっと話させて。そのグラフの左半分の頃は個人的にはまさに天国だった。サンフランシスコやサンディエゴに遊びに行くと全てのものが異常に安いのに驚いた。その勢いでかなりのお金を無駄に使った(笑)。でも日本という国として見た場合、その円高は本当に脅威だった。そうそうちなみに日本語ではYen Appreciationのことを"Endaka"と呼んでいる。新聞が毎日のようにこの"Endaka"や産業の空洞化を取り上げていたことを覚えている。輸出に依存するメーカーは米国やアジア諸国に挙って製造拠点を移すようになった」という話をする。
教授も「そうそう。日本ではそれを"Endaka"と呼ぶんだよな」「聞いたか、為替変動というのはまさに今彼が言ったことそのものだ」などと相槌を打ちながら、教壇に座って足をブラブラさせながら、嬉しそうに話を聞いてくれていた。
そんな経緯もあり、経済学のグループワークも僕がまずレポートのたたき台を作成してメンバーにメールで送る。別件で集まった帰り際にBrianから「そう言えばRio、あの経済のたたき台はとても良くできてるよ。あれは議論の方向としてはバッチリだ」と言ってもらい、明け方まで頑張った甲斐があったと何とも言えない安堵感に包まれる。するとすかさずBrianが「ところでRio、あの午前4時半とかいうメールは何だ?一体いつ寝てるんだ?」「いや最近つい昼寝しちゃって明け方まで起きてるっていう変な習慣がついちゃって」「そうか、まあ睡眠時間がちゃんととれてるならいいけど、そこまでして頑張る必要ないぞ」と労いの言葉をかけてくれる。
更にFinanceも同じ時期に締切りのグループワークがある。こちらはAmyとNikkiが率先して進めてくれているので、とても助かっている。今回のスタディグループは個々の能力という面では秋学期より劣るのだが、誰かが一つのことを率先してやれば誰かが他でサポートするという暗黙の共通認識ができており、お互いとても心強い思いをしている。例えば就職活動や風邪で参加できない人の分は他のメンバーが補い、カバーしてもらった側もそれを素直に感謝して次の機会に率先して仕事を引き受けるといった具合である。これこそ僕がイメージしていた"TUCKコミュニティのチームワーク"なのかもしれない。今はその一員として機能できていることにとても充実感を感じている。
一つはStrategyのグループプロジェクトである。これはスタディーグループ毎に一つの実在する企業を選んで、その企業の取り巻く競争環境について、各種のフレームワークを使って分析するというAssignmentである。我がTeam 33はBrianの発案でNextel Communicationsという米国でシェア第5位の携帯電話会社を扱うことに決まった。別に僕から言い出した訳ではないのだが、僕の専門分野の一つでもあり、貢献できる余地大である。という訳で各方面から積極的に情報を収集しつつ、市場の概観から競合各社の特徴まで、懸命にアウトプットを出し続けている。やはり同じ読み物でも慣れ親しんだ業界の話は頭にスムーズに入ってくるので、膨大な量もあまり苦にならない。
一方同期である日本人のKu氏のグループがTivoというニッチなメディア系企業を取り上げることになったのだが、僕は以前この企業のビジネスモデルについて研究したことがあったので、Ku氏からの質問にもバリューチェーンの図などを描きながら知っている限りの情報を整理して伝える。Ku氏には秋学期にFinanceでお世話になりっぱなしだったので、これから少しずつでもお返しをしていかなければいけない。Ku氏がスタディグループでこの話をしたところ、今度はGemという学生から「君が描いた図がとても興味深かったのでちょっと話を聞かせてくれないか?」というメールが届く。自分のプロジェクトで一杯一杯ながらも、こうやって誰かに請われるというのは久しぶりの感覚なのでちょっと嬉しかったりもする。
もう一つはマクロ経済のケースライトアップである。英国の自動車メーカーであるジャガーのケースを読み、為替リスクに対する利益の感応性や、各種マクロ経済要因と企業努力の貢献度合について分析するという課題である。この授業では国際ビジネスや政府の金融・財政政策がテーマの中心であり、ドルと円、日本の自動車メーカーの円高対応など、何かと日本が話題に上る。必然的に授業でも手を挙げざるを得ない雰囲気になる。今回のセクションでは日本人は僕とY氏の二人だけなのだが、教室の両サイドに陣取る二人のどちらかが困ったらどちらかがフォローするというコンビがうまく機能しており、教授も首を右、左に振りながら面白そうに相手をしてくれている。
また米国人学生にとって「国際ビジネス」と言うものはあまり身近でないらしく、基本的な為替レートの質問にも答えられない学生がいたりするのは本当に新鮮である。先日は日本が1990年代前半に急激な円高に直面し、1995年以降は逆に急激な円安に突入したというグラフを教授が説明していたので、ここは何か言わなければと思い、「僕の経験をちょっと話させて。そのグラフの左半分の頃は個人的にはまさに天国だった。サンフランシスコやサンディエゴに遊びに行くと全てのものが異常に安いのに驚いた。その勢いでかなりのお金を無駄に使った(笑)。でも日本という国として見た場合、その円高は本当に脅威だった。そうそうちなみに日本語ではYen Appreciationのことを"Endaka"と呼んでいる。新聞が毎日のようにこの"Endaka"や産業の空洞化を取り上げていたことを覚えている。輸出に依存するメーカーは米国やアジア諸国に挙って製造拠点を移すようになった」という話をする。
教授も「そうそう。日本ではそれを"Endaka"と呼ぶんだよな」「聞いたか、為替変動というのはまさに今彼が言ったことそのものだ」などと相槌を打ちながら、教壇に座って足をブラブラさせながら、嬉しそうに話を聞いてくれていた。
そんな経緯もあり、経済学のグループワークも僕がまずレポートのたたき台を作成してメンバーにメールで送る。別件で集まった帰り際にBrianから「そう言えばRio、あの経済のたたき台はとても良くできてるよ。あれは議論の方向としてはバッチリだ」と言ってもらい、明け方まで頑張った甲斐があったと何とも言えない安堵感に包まれる。するとすかさずBrianが「ところでRio、あの午前4時半とかいうメールは何だ?一体いつ寝てるんだ?」「いや最近つい昼寝しちゃって明け方まで起きてるっていう変な習慣がついちゃって」「そうか、まあ睡眠時間がちゃんととれてるならいいけど、そこまでして頑張る必要ないぞ」と労いの言葉をかけてくれる。
更にFinanceも同じ時期に締切りのグループワークがある。こちらはAmyとNikkiが率先して進めてくれているので、とても助かっている。今回のスタディグループは個々の能力という面では秋学期より劣るのだが、誰かが一つのことを率先してやれば誰かが他でサポートするという暗黙の共通認識ができており、お互いとても心強い思いをしている。例えば就職活動や風邪で参加できない人の分は他のメンバーが補い、カバーしてもらった側もそれを素直に感謝して次の機会に率先して仕事を引き受けるといった具合である。これこそ僕がイメージしていた"TUCKコミュニティのチームワーク"なのかもしれない。今はその一員として機能できていることにとても充実感を感じている。
Sunday, February 15, 2004
PONG is ON
TUCKにはブキャナンとウィットモアという二つの寮があるのだが、この前者のラウンジになぜか卓球台が鎮座している。ブキャナン居住者は夜な夜なここに集まっては酒を飲んだり、騒いだりしながら卓球を楽しんでいるらしいという話は聞いていた。そんな勢いが高じてか、TUCK史上初の卓球リーグが開催されることになった。主催者の学生がメールで参加者を募り、結局総勢80名以上が参加する一大イベントになった。その勧誘メールがふるっている。
Are you really going to let Rocky make statements like this?
"Sun Tzu's 'Art of War for Table Tennis Players' changed my game… and my life. Now, I can easily beat any T'05 out there…hands down*." - Nelson ‘Rocky’ Cho T’05
*Approximate quote as interpreted by a non-English speaking, unidentified source
Rockyは底抜けに明るいキャラクターと独特のユーモアセンス、やや南部訛りの英語でみんなに愛されている。なのでこんないじられ方もする訳だ。僕もこのくだらないメールに思わず反応してサインアップしてみたのだが、さすがにしょっちゅうプレーしているブキャナン学生のうまいこと。リーグ戦方式の予選で今のところSeanとPeterと対戦し、どちらも二桁得点できないままあっと言う間に敗退。あと3試合残っているが、早くも目標は「何とか1勝」に切り替わっている。
「勉強が一段落して卓球する気になったらメールくれ。俺は今日は結構フレキシブルだ」などとメールをやり取りしながら、忙しい合間にもこんな遊びを見つけて盛り上がってしまうTUCKIESは結構お茶目なのである。
そう言えばこのリーグ戦にはFinkelsteinとKopalleという二人の教授も参戦している。そしてなぜか滅法強い。たまたまProf. Finkelsteinがプレーする場に居合わせたのだが、真顔キープで「次は誰だ?」と容赦なく学生たちをなぎ倒していく。今日STATSを確認したところ、5勝0敗であっと言う間に決勝トーナメント進出を決めていた。この人って一体…
Are you really going to let Rocky make statements like this?
"Sun Tzu's 'Art of War for Table Tennis Players' changed my game… and my life. Now, I can easily beat any T'05 out there…hands down*." - Nelson ‘Rocky’ Cho T’05
*Approximate quote as interpreted by a non-English speaking, unidentified source
Rockyは底抜けに明るいキャラクターと独特のユーモアセンス、やや南部訛りの英語でみんなに愛されている。なのでこんないじられ方もする訳だ。僕もこのくだらないメールに思わず反応してサインアップしてみたのだが、さすがにしょっちゅうプレーしているブキャナン学生のうまいこと。リーグ戦方式の予選で今のところSeanとPeterと対戦し、どちらも二桁得点できないままあっと言う間に敗退。あと3試合残っているが、早くも目標は「何とか1勝」に切り替わっている。
「勉強が一段落して卓球する気になったらメールくれ。俺は今日は結構フレキシブルだ」などとメールをやり取りしながら、忙しい合間にもこんな遊びを見つけて盛り上がってしまうTUCKIESは結構お茶目なのである。
そう言えばこのリーグ戦にはFinkelsteinとKopalleという二人の教授も参戦している。そしてなぜか滅法強い。たまたまProf. Finkelsteinがプレーする場に居合わせたのだが、真顔キープで「次は誰だ?」と容赦なく学生たちをなぎ倒していく。今日STATSを確認したところ、5勝0敗であっと言う間に決勝トーナメント進出を決めていた。この人って一体…
Thursday, February 12, 2004
So Excited!!!
無謀とも思われた僕のTLFプロジェクト企画だが、ここ数日TUCK生命をかけて?奔走した結果、どうにかチームが立ち上がるところまで漕ぎつけることができた。今回は自分なりに三つの基準で声をかける学生を決めた。
・これまでスタディーグループやセクションで一緒に働いていないこと
・バックグランドがテクノロジーまたはファイナンスで、本プロジェクトに興味を持ってくれそうなこと
・同じグループで気分良く働ける良いパーソナリティをもっていること
まず最初に声をかけたのはオリエンテーション期間に知り合ったAjiである。ナイジェリア出身で子供の頃に英国へ移住、その後米国の大学で学んだ彼は非常にフレンドリーで誰からも好かれる好青年である。最初に会ったときに一緒にサッカーをしたのだが、僕が出したキラーパス?がAjiの足許に入ってしまい、転倒の上、捻挫、それ以来暫くスポーツができない状態だったので、アクシデントとは言え、ずっと何だか申し訳ない気持ちだった。
予めメールで送っておいた企画書とプレゼン資料を使ってひと通り説明した後、彼からの質問に答える形で30分ほど話をする。他にどういうメンバーに声をかけているのかというのも重要な要素なので、こういうメンバーを考えているということを伝える。企画自体も潜在メンバーも非常に良いということでAjiからは間もなく「是非一緒にやらせてくれ」という答えをもらうことができた。
次に会ったのはPratipとTeddyである。Pratipとは何かのパーティで立ち話をしたときに、かなりニッチなテクノロジーの話で盛り上がり、お互い「良くそんなことまで知ってるな」と意気投合した経緯がある。それ以来話をする機会はなかったのだが、MITでマスターまで取っている彼の聡明さとエンジニアバックグランドはきっと大きな助けになるに違いないと判断した。
一方TeddyはAjiと大の仲良しで、Ajiから「TeddyもRioのプロジェクトに関心を持っているようだったから話をしてあげてくれない?」という打診があり、二つ返事でPratipとの打合せにジョインしてもらう。ただこの二人を一度に説得する試みはやや戦略ミスだったと思う。二人とはまだ深い信頼関係にある訳ではなかったこともあり、彼らはプロジェクトリーダーとしての僕の力量を測りつつ、自分の興味とプロジェクトの方向性が合致しているか、そもそもこのプロジェクトがうまく立ち上がるのかということをしっかり見定めようと厳しい質問を投げかけてくる。フレンドリーな雰囲気な中にも「単なるリサーチに終わるようだとつまらないかな」「このターゲット設定は違うんじゃないか。俺が顧客だったら使わないと思うな」という具合で微妙な緊張感が漂う。この打合せの後は「失敗した。魅力あるプロジェクトとして彼らにうまく伝えることができなかった」と暫し落ち込む。
とは言え立ち止まっている時間はない。2日後にはTUCK全体でTLFセッションが開催される。これはプロジェクトを発案する人が順番に3分ずつプレゼンテーションを行い、参加者が興味のあるプロジェクトに話を聞きに行くという、いわゆる「お見合い」の場である。僕も最後の手段としてこの場でプレゼンをする覚悟はできていたが、学生間でしばしば垣間見られる政治的な不確実性を排除するためにも、できればその前に勝負をつけたいと思っていた。
次に声をかけたのはTammyという女性である。彼女ともやはり何かのパーティを通じて友達となり、その後廊下ですれ違う度に声を掛け合う仲になっていたのだが、ゆっくり話をする機会は持てていなかった。TUCKのイントラネットであるTUCK STREAMで検索してみると、彼女が今回のプロジェクトにゆかりの深いテクノロジー系企業で働いていた経験があることが分かり、これはもう声をかけるしかないと早速メールを打つ。
Tammyとは昼食をとりながらByrneダイニングで打合せをする。彼女もとてもフレンドリーで明るい性格なので、話をしていてとても気持ちがいい。その場で快諾という訳にはいかなかったが、「スタディグループで良く分かったけど、何をやるかということもさることながら、誰と組むかという要素もとても大事だよね。そういう意味でもRioが集めようとしているメンバーは実力、性格とも申し分ない人たちばかりだから楽しみだわ。もちろん企画もよくできてるわね」という前向きな言葉をもらった。
その後、いろいろとメールをやり取りする中で、Tammyから"Count me in!"というメールをもらい、思わず「やった!」と図書館でガッツポーズ。Tammyが決断してくれたというメールを全員に送ってから暫くすると、今度はTeddyから「僕もほぼ入る方向で考えている。ちょっとだけ他の人に確認することがあるけど、きっと一緒に働けると思うよ」というメールが届く。これで自分を含めて4名。コミットするメンバーが一人増える毎にネットワークとしての信頼性は上がり、当然のことながら交渉力も強くなる。まさにネットワークの外部性が働き始めているようだ。
PratipはTLFセッションに参加するまで様子を見たいということだったのだが、もしその結果答えがNOだった場合にメンバー間に動揺が走り、チームが崩壊する危険性もある。ここはもうノンストップで走ろうということに決め、他に彼の役割を補完できそうな数名に声をかけ、その状況を逐次メンバーに報告する。すると最終的にPratipが根負けして"Count me in, Rio!"というメールを送ってきてくれた。これで5名がコミットしたことになる。遂にプロジェクト結成である。
ところがウキウキ気分の僕に今度はTeddyから「ほぼ入るとは思うんだけど、最終的な回答はセッションまで待ってくれないか」という一歩後退のメールが入る。Teddyはかなりのナイスガイなのだが、Ajiからの紹介ということもあり、個人的にはこれまで接点を持っていなかった。この5名の中ではいわばWeakest Linkだった訳だ。実はこれと前後してある2人の学生から「MBA Program Officeで聞いたんだけど、Rioがとても面白いテクノロジー系の企画を立てていると聞いた。もしまだ入る余地があるのなら話を聞かせてもらえないか」というメールが届いた。
普通なら飛んでいって説明するところなのだが、この2人、実はあまりTUCKでの評判が芳しくない。信頼のおける米国人の友人に相談したのだが、彼女が一言で形容するところによると、一人は"Aggressive"で、もう一人は"Arrogant"ということである。二人とも頭はかなり切れるのだが、一旦意見が食い違うと決して折れることなく、声を荒げて議論を吹っかけてくることもあると言うのだ。そもそもプロジェクトが頓挫する可能性が高かったことを考えると、何とも贅沢な悩みではあるが、彼らが入ることによってプロジェクトが途中で座礁してしまったり、他のメンバーがモチベーションを下げてしまっては元も子もない。しかもとても僕がManageできる人たちとも思えない。
ちょうど講堂でTeddyを見かけたので横に座って話しかけ、今実際どういう状態なのかを確認するとともに、もしTeddyが他に移るなら今日のセッションでプレゼンをして新たなメンバーを探さなければいけなくなることや、他にもオファーはあるが僕としては是非Teddyと一緒に働きたいという思いを伝える。その後、図書館に戻って作業をしていると、遂にTeddyから"Count me in"メールが届いた。直前でかなりバタバタしたが、改めて今度こそチームの完成である。
その後、手続きや細かい点を確認するためにMBA Program OfficeのAmyのところへ出向く。部屋に入るなりTwo Thumbs-Upで「やったよAmy、メンバー揃ったよ」と喜びを伝える。Amyも結構心配してくれていたらしく「やったわね!しかもそのメンバーがまた素晴らしいじゃない。あなたって本当にすごいわね。自分でもそう思わない?」と手放しで喜んでくれる。「今は本当にエキサイティングな気持ちだよ。"Count me in"っていうメールをもらう度にパソコンの前でこうやってガッツポーズしてたんだから。本当に信じられないよ。とにかく今週は走り回って大変だったけど、TUCKに来てから一番エキサイティングな一週間だったと思う。これで少しは自信がついたかな」「それが一番。これからは自分たちでメンバーを探す機会も増えるから、Rioが活躍できる場が増えそうね」
最後に念のために確認をと思い「ところで5人でいいんだよね?」と質問すると「駄目。6人。5人でも7人でも駄目」と急につれないことを言い出すAmy。「えーっ、なんでー。だってどっかに5~7名って書いてあったよ。なんで6人にこだわる訳?5人が一番うまく機能する人数だと思うけど」「でもProf. Argentiがそう言ってたのよ。みんなが5人で組んじゃうとプロジェクトの数が多くなりすぎて管理できないから6人は譲れない線だって」
「もっと柔軟に行こうよー、他にもオファー来てるんだけど2人で組んでる人とかいて、その片方だけ引き抜くなんて人としてできないし、コンフリクトも起きるだろうし、政治的な駆け引きになっちゃうから良くないんじゃない」「それはそうだけど、そのプロセスも含めてこのプロジェクトの意味があるのよ。分かったわ。とにかく私から言えることは、5人では絶対にいけないということじゃなく、最終的に努力した結果5人になってしまったという場合は、理由を添えて企画書を出してもらえば何とかなる余地はあるはず。いずれにしても、まだ時間はあるんだからもう1人メンバーを探す努力を続けてちょうだい」
「ふーん、そういうことなら仕方ないね。分かったよ。でも今日はもうプレゼンしないからね。後は何人か候補がいるから、個別に当たることにするよ」「オッケー!とにかく良かったわね。おめでとう。もうRioは必要な努力のほとんどを終えてるし、後少しね」「ありがと!」ガッチリ握手をしてAmyの部屋を後にする。何とも爽快な気分である。TUCKに来て以来、これほど充実した気持ちを味わったのは今日が初めてかもしれない。TUCKを選んで本当に良かった。そう思える一日だった。
僕を信頼して集まってくれたメンバーを失望させないためにも、このプロジェクトは何としても成功させなければならない。本当の勝負はこれからである。
・これまでスタディーグループやセクションで一緒に働いていないこと
・バックグランドがテクノロジーまたはファイナンスで、本プロジェクトに興味を持ってくれそうなこと
・同じグループで気分良く働ける良いパーソナリティをもっていること
まず最初に声をかけたのはオリエンテーション期間に知り合ったAjiである。ナイジェリア出身で子供の頃に英国へ移住、その後米国の大学で学んだ彼は非常にフレンドリーで誰からも好かれる好青年である。最初に会ったときに一緒にサッカーをしたのだが、僕が出したキラーパス?がAjiの足許に入ってしまい、転倒の上、捻挫、それ以来暫くスポーツができない状態だったので、アクシデントとは言え、ずっと何だか申し訳ない気持ちだった。
予めメールで送っておいた企画書とプレゼン資料を使ってひと通り説明した後、彼からの質問に答える形で30分ほど話をする。他にどういうメンバーに声をかけているのかというのも重要な要素なので、こういうメンバーを考えているということを伝える。企画自体も潜在メンバーも非常に良いということでAjiからは間もなく「是非一緒にやらせてくれ」という答えをもらうことができた。
次に会ったのはPratipとTeddyである。Pratipとは何かのパーティで立ち話をしたときに、かなりニッチなテクノロジーの話で盛り上がり、お互い「良くそんなことまで知ってるな」と意気投合した経緯がある。それ以来話をする機会はなかったのだが、MITでマスターまで取っている彼の聡明さとエンジニアバックグランドはきっと大きな助けになるに違いないと判断した。
一方TeddyはAjiと大の仲良しで、Ajiから「TeddyもRioのプロジェクトに関心を持っているようだったから話をしてあげてくれない?」という打診があり、二つ返事でPratipとの打合せにジョインしてもらう。ただこの二人を一度に説得する試みはやや戦略ミスだったと思う。二人とはまだ深い信頼関係にある訳ではなかったこともあり、彼らはプロジェクトリーダーとしての僕の力量を測りつつ、自分の興味とプロジェクトの方向性が合致しているか、そもそもこのプロジェクトがうまく立ち上がるのかということをしっかり見定めようと厳しい質問を投げかけてくる。フレンドリーな雰囲気な中にも「単なるリサーチに終わるようだとつまらないかな」「このターゲット設定は違うんじゃないか。俺が顧客だったら使わないと思うな」という具合で微妙な緊張感が漂う。この打合せの後は「失敗した。魅力あるプロジェクトとして彼らにうまく伝えることができなかった」と暫し落ち込む。
とは言え立ち止まっている時間はない。2日後にはTUCK全体でTLFセッションが開催される。これはプロジェクトを発案する人が順番に3分ずつプレゼンテーションを行い、参加者が興味のあるプロジェクトに話を聞きに行くという、いわゆる「お見合い」の場である。僕も最後の手段としてこの場でプレゼンをする覚悟はできていたが、学生間でしばしば垣間見られる政治的な不確実性を排除するためにも、できればその前に勝負をつけたいと思っていた。
次に声をかけたのはTammyという女性である。彼女ともやはり何かのパーティを通じて友達となり、その後廊下ですれ違う度に声を掛け合う仲になっていたのだが、ゆっくり話をする機会は持てていなかった。TUCKのイントラネットであるTUCK STREAMで検索してみると、彼女が今回のプロジェクトにゆかりの深いテクノロジー系企業で働いていた経験があることが分かり、これはもう声をかけるしかないと早速メールを打つ。
Tammyとは昼食をとりながらByrneダイニングで打合せをする。彼女もとてもフレンドリーで明るい性格なので、話をしていてとても気持ちがいい。その場で快諾という訳にはいかなかったが、「スタディグループで良く分かったけど、何をやるかということもさることながら、誰と組むかという要素もとても大事だよね。そういう意味でもRioが集めようとしているメンバーは実力、性格とも申し分ない人たちばかりだから楽しみだわ。もちろん企画もよくできてるわね」という前向きな言葉をもらった。
その後、いろいろとメールをやり取りする中で、Tammyから"Count me in!"というメールをもらい、思わず「やった!」と図書館でガッツポーズ。Tammyが決断してくれたというメールを全員に送ってから暫くすると、今度はTeddyから「僕もほぼ入る方向で考えている。ちょっとだけ他の人に確認することがあるけど、きっと一緒に働けると思うよ」というメールが届く。これで自分を含めて4名。コミットするメンバーが一人増える毎にネットワークとしての信頼性は上がり、当然のことながら交渉力も強くなる。まさにネットワークの外部性が働き始めているようだ。
PratipはTLFセッションに参加するまで様子を見たいということだったのだが、もしその結果答えがNOだった場合にメンバー間に動揺が走り、チームが崩壊する危険性もある。ここはもうノンストップで走ろうということに決め、他に彼の役割を補完できそうな数名に声をかけ、その状況を逐次メンバーに報告する。すると最終的にPratipが根負けして"Count me in, Rio!"というメールを送ってきてくれた。これで5名がコミットしたことになる。遂にプロジェクト結成である。
ところがウキウキ気分の僕に今度はTeddyから「ほぼ入るとは思うんだけど、最終的な回答はセッションまで待ってくれないか」という一歩後退のメールが入る。Teddyはかなりのナイスガイなのだが、Ajiからの紹介ということもあり、個人的にはこれまで接点を持っていなかった。この5名の中ではいわばWeakest Linkだった訳だ。実はこれと前後してある2人の学生から「MBA Program Officeで聞いたんだけど、Rioがとても面白いテクノロジー系の企画を立てていると聞いた。もしまだ入る余地があるのなら話を聞かせてもらえないか」というメールが届いた。
普通なら飛んでいって説明するところなのだが、この2人、実はあまりTUCKでの評判が芳しくない。信頼のおける米国人の友人に相談したのだが、彼女が一言で形容するところによると、一人は"Aggressive"で、もう一人は"Arrogant"ということである。二人とも頭はかなり切れるのだが、一旦意見が食い違うと決して折れることなく、声を荒げて議論を吹っかけてくることもあると言うのだ。そもそもプロジェクトが頓挫する可能性が高かったことを考えると、何とも贅沢な悩みではあるが、彼らが入ることによってプロジェクトが途中で座礁してしまったり、他のメンバーがモチベーションを下げてしまっては元も子もない。しかもとても僕がManageできる人たちとも思えない。
ちょうど講堂でTeddyを見かけたので横に座って話しかけ、今実際どういう状態なのかを確認するとともに、もしTeddyが他に移るなら今日のセッションでプレゼンをして新たなメンバーを探さなければいけなくなることや、他にもオファーはあるが僕としては是非Teddyと一緒に働きたいという思いを伝える。その後、図書館に戻って作業をしていると、遂にTeddyから"Count me in"メールが届いた。直前でかなりバタバタしたが、改めて今度こそチームの完成である。
その後、手続きや細かい点を確認するためにMBA Program OfficeのAmyのところへ出向く。部屋に入るなりTwo Thumbs-Upで「やったよAmy、メンバー揃ったよ」と喜びを伝える。Amyも結構心配してくれていたらしく「やったわね!しかもそのメンバーがまた素晴らしいじゃない。あなたって本当にすごいわね。自分でもそう思わない?」と手放しで喜んでくれる。「今は本当にエキサイティングな気持ちだよ。"Count me in"っていうメールをもらう度にパソコンの前でこうやってガッツポーズしてたんだから。本当に信じられないよ。とにかく今週は走り回って大変だったけど、TUCKに来てから一番エキサイティングな一週間だったと思う。これで少しは自信がついたかな」「それが一番。これからは自分たちでメンバーを探す機会も増えるから、Rioが活躍できる場が増えそうね」
最後に念のために確認をと思い「ところで5人でいいんだよね?」と質問すると「駄目。6人。5人でも7人でも駄目」と急につれないことを言い出すAmy。「えーっ、なんでー。だってどっかに5~7名って書いてあったよ。なんで6人にこだわる訳?5人が一番うまく機能する人数だと思うけど」「でもProf. Argentiがそう言ってたのよ。みんなが5人で組んじゃうとプロジェクトの数が多くなりすぎて管理できないから6人は譲れない線だって」
「もっと柔軟に行こうよー、他にもオファー来てるんだけど2人で組んでる人とかいて、その片方だけ引き抜くなんて人としてできないし、コンフリクトも起きるだろうし、政治的な駆け引きになっちゃうから良くないんじゃない」「それはそうだけど、そのプロセスも含めてこのプロジェクトの意味があるのよ。分かったわ。とにかく私から言えることは、5人では絶対にいけないということじゃなく、最終的に努力した結果5人になってしまったという場合は、理由を添えて企画書を出してもらえば何とかなる余地はあるはず。いずれにしても、まだ時間はあるんだからもう1人メンバーを探す努力を続けてちょうだい」
「ふーん、そういうことなら仕方ないね。分かったよ。でも今日はもうプレゼンしないからね。後は何人か候補がいるから、個別に当たることにするよ」「オッケー!とにかく良かったわね。おめでとう。もうRioは必要な努力のほとんどを終えてるし、後少しね」「ありがと!」ガッチリ握手をしてAmyの部屋を後にする。何とも爽快な気分である。TUCKに来て以来、これほど充実した気持ちを味わったのは今日が初めてかもしれない。TUCKを選んで本当に良かった。そう思える一日だった。
僕を信頼して集まってくれたメンバーを失望させないためにも、このプロジェクトは何としても成功させなければならない。本当の勝負はこれからである。
Tuesday, February 10, 2004
TLF Project
TLF (Tuck Leadership Forum) Projectとは、春学期に授業の一環として行われる実践的な課外プログラムである。大きくConsulting ProjectとEntrepreneurship Projectに分かれ、前者がスポンサー企業に対する文字通りのコンサルティングを行うのに対し、後者は自ら企画したビジネスの事業化を検討するというものである。いずれもこれまでに学んだフレームワークや分析ツールを用いながら、実際のビジネスに適用するという意味で、非常に興味深いプログラムである。
個人的にもこのTLFに対する思い入れは非常に強いものがある。これまではクラスやスタディーグループでもKeep Upするのに精一杯で、自らリーダーシップを発揮する機会など皆無に等しかったのだが、そろそろこうした状況も打開しなければならない。そうでなければ米国までわざわざ学びに来た意味がない。自分の発案でメンバーを集め、モチベートし、プロジェクトを完遂するという経験は何にも代えがたい財産になるに違いない。最終的に僕がTUCKを選択した理由も、TUCK Communityにはこうした機会が溢れており、卒業後の個人的な競争力に大きな差を生み出してくれると思ったからに他ならない。半年強が経って環境に慣れてきた時期という意味でも絶好の機会である。
しかしやはり話はそう簡単に進まない。まずMBA Program Officeが規定する「プロジェクトには最低5人の学生が必要」「最終的に3人しか集まらないプロジェクトがあったら、どこか他のチームに吸収されなければならない」「Diversityを確保することが重要で、同じようなバックグランドの学生が集まるのは好ましくない」という大前提がある。つまりアジアの学生ばかりでチームを組むことはご法度な訳だ(訂正:国籍や性別での縛りはないとのこと。専門性のDiversityが確保されていれば問題ないそうです)。僕としては折角の機会なので、むしろこれまで一緒になる機会が持てなかったアメリカ人学生を中心にチームを組んでみたいと思っている。ただ周りの様子を少し伺ってみたところ、既にコミットするプロジェクトを決めていたり(「絶対Consumer Productをやりたい」「やっぱりアントレでしょ」など)、仲良し3人組でチームを組んでいたりというケースが多いことに気がついた。もしやToo Lateなのかと俄かに焦りだす。
考えてみれば、圧倒的多数をアメリカ人学生が占める中で、彼らにとってDiversityとは「仲良し3-4人組でチームを作った後、Internationalを1人でも入れればいいか」という程度の認識でしかない。逆に僕たちInternationalにしてみれば、自らが音頭をとってアメリカ人学生を3-4名集めるというのはほとんどMission Impossibleである。
僕は本プロジェクトでは知人に紹介してもらった日系テクノロジー企業の米国オフィスへのコンサルティングをやると決めており、NY Officeの担当部長からも既に了承をもらっている。やや話がずれるが、この部長がものすごく良い方で本当に恐縮してしまった。MITで学んだご自身の経験から「まあアメリカ人学生を束ねるなんてのはほとんど無理に等しいよ。それは私も良く分かるし、それをやろうとしているだけで偉いと思うよ。最終的にこのプロジェクトが実現しなくてもそれはそれで構わないから好きなようにやってみなさい。むしろあなたが面倒なことに巻き込まれないかそっちの方が心配だよ」という何とも温かい励ましの言葉をいただいた。ここまで来たら僕も後に引く気は毛頭ない。最後まで諦めずにできることは全てやってみるつもりだ。
MBA Program OfficeのAmyにも相談したが「確かに数人で固まっている人は多いけど、まだ何をするか決めていない人も多いわよ。TUCKの掲示板に載せたり、来週開催するミーティングでプレゼンしたりすれば、興味を持つ学生が出てくるんじゃないかしら。しかもあなたのプロジェクトはとても魅力的だから絶対進めるべきだわ。Go for it!」とのこと。ちょっと励まされると同時に、いやいやその正攻法では通用しないでしょうということも察知した。自分から個別に働きかけていく方法が一番速く確実に違いない。しかも遅れれば遅れるほど他のチームにコミットしてしまう学生が増えてくる。
「私に企画書のファイルを送ってくれれば私の方から各所にアップしておくわ」と言うAmyに対し「ちょっと数日待ってくれない。まずは自分で手を尽くしてみて、その状況を見てまた相談するよ。いずれにしてもKeep in touchで」ということにしてその場は別れる。待っていては何も生まれない。働きかければ何かが生まれる。それが米国という国の文化である。このプロジェクトがどうなるか、現段階では全く予断を許さない。大きなチャレンジであるが、TUCKで初めて能動的に動いていると言う意味で、今はとてもエキサイティングな気持ちである。
個人的にもこのTLFに対する思い入れは非常に強いものがある。これまではクラスやスタディーグループでもKeep Upするのに精一杯で、自らリーダーシップを発揮する機会など皆無に等しかったのだが、そろそろこうした状況も打開しなければならない。そうでなければ米国までわざわざ学びに来た意味がない。自分の発案でメンバーを集め、モチベートし、プロジェクトを完遂するという経験は何にも代えがたい財産になるに違いない。最終的に僕がTUCKを選択した理由も、TUCK Communityにはこうした機会が溢れており、卒業後の個人的な競争力に大きな差を生み出してくれると思ったからに他ならない。半年強が経って環境に慣れてきた時期という意味でも絶好の機会である。
しかしやはり話はそう簡単に進まない。まずMBA Program Officeが規定する「プロジェクトには最低5人の学生が必要」「最終的に3人しか集まらないプロジェクトがあったら、どこか他のチームに吸収されなければならない」「Diversityを確保することが重要で、同じようなバックグランドの学生が集まるのは好ましくない」という大前提がある。つまりアジアの学生ばかりでチームを組むことはご法度な訳だ(訂正:国籍や性別での縛りはないとのこと。専門性のDiversityが確保されていれば問題ないそうです)。僕としては折角の機会なので、むしろこれまで一緒になる機会が持てなかったアメリカ人学生を中心にチームを組んでみたいと思っている。ただ周りの様子を少し伺ってみたところ、既にコミットするプロジェクトを決めていたり(「絶対Consumer Productをやりたい」「やっぱりアントレでしょ」など)、仲良し3人組でチームを組んでいたりというケースが多いことに気がついた。もしやToo Lateなのかと俄かに焦りだす。
考えてみれば、圧倒的多数をアメリカ人学生が占める中で、彼らにとってDiversityとは「仲良し3-4人組でチームを作った後、Internationalを1人でも入れればいいか」という程度の認識でしかない。逆に僕たちInternationalにしてみれば、自らが音頭をとってアメリカ人学生を3-4名集めるというのはほとんどMission Impossibleである。
僕は本プロジェクトでは知人に紹介してもらった日系テクノロジー企業の米国オフィスへのコンサルティングをやると決めており、NY Officeの担当部長からも既に了承をもらっている。やや話がずれるが、この部長がものすごく良い方で本当に恐縮してしまった。MITで学んだご自身の経験から「まあアメリカ人学生を束ねるなんてのはほとんど無理に等しいよ。それは私も良く分かるし、それをやろうとしているだけで偉いと思うよ。最終的にこのプロジェクトが実現しなくてもそれはそれで構わないから好きなようにやってみなさい。むしろあなたが面倒なことに巻き込まれないかそっちの方が心配だよ」という何とも温かい励ましの言葉をいただいた。ここまで来たら僕も後に引く気は毛頭ない。最後まで諦めずにできることは全てやってみるつもりだ。
MBA Program OfficeのAmyにも相談したが「確かに数人で固まっている人は多いけど、まだ何をするか決めていない人も多いわよ。TUCKの掲示板に載せたり、来週開催するミーティングでプレゼンしたりすれば、興味を持つ学生が出てくるんじゃないかしら。しかもあなたのプロジェクトはとても魅力的だから絶対進めるべきだわ。Go for it!」とのこと。ちょっと励まされると同時に、いやいやその正攻法では通用しないでしょうということも察知した。自分から個別に働きかけていく方法が一番速く確実に違いない。しかも遅れれば遅れるほど他のチームにコミットしてしまう学生が増えてくる。
「私に企画書のファイルを送ってくれれば私の方から各所にアップしておくわ」と言うAmyに対し「ちょっと数日待ってくれない。まずは自分で手を尽くしてみて、その状況を見てまた相談するよ。いずれにしてもKeep in touchで」ということにしてその場は別れる。待っていては何も生まれない。働きかければ何かが生まれる。それが米国という国の文化である。このプロジェクトがどうなるか、現段階では全く予断を許さない。大きなチャレンジであるが、TUCKで初めて能動的に動いていると言う意味で、今はとてもエキサイティングな気持ちである。
Monday, February 09, 2004
TUCK vs MIT
日曜の午後に兼ねてより計画していたTUCK対MITのJapanese Hockey Matchを開催した。会場はIVYリーグの校旗がはためくHanoverのトンプソンアリーナ。MITご一行様(15名の大所帯)は2時間強かけてわざわざボストンから出かけて来て下さった。MITは厳密に言うとMIT日本人会チームで、今回はSloan(MBA)の学生は参加しておらず、24歳から33歳くらいまでバラエティに富んだバックグランドのメンバーが集まった。(なぜか日本語を話せるアメリカ人数名を含む)
先方は既に6試合くらいこなしているというので、今回が初試合となる僕たちTuckies1年生はかなりビビっていたのだが、この一週間は何度かしっかり練習していたので、予想以上にいいゲームになった。肝心なところですっ転ぶ人が続出する爆笑ホッケーになったが、何と均衡を破ったのは5分と体力が持たないはずの僕。敵のゴーリーの前にパックが流れたところを諦めずプレスをかけに行くと、ゴーリーがファンブルしてそれを転びながら流し込むという何ともしょぼいゴール。しかしこれが決勝点となり、1試合目は2-1で初勝利!2試合目はさすがに若干の人数差と年齢差がボディーブローのように効いてきて、すっかり足の止まった我がTUCKにMITが猛攻をしかける展開に。今度は負けてしまったが、それでも2-3という接戦を演じることができ、また結果的に1勝1敗という絵に書いたような親善試合となり、双方大満足で記念撮影などしながら健闘を称え合う。
今回はMITチームが防具を持っていなかったこともあり、各自分担してかなりの数の防具集めに奔走した。また一時は前日に来てもらって宿泊先をみんなで提供しようという話が出たり、ホッケーのうまい日本人以外の学生が練習の応援に駆けつけてくれたり、TUCKらしいチームワークとホスピタリティが存分に発揮されたイベントだったように思う。困ったときに助け合えるいい仲間に恵まれていることを実感する。
僕は試合後すぐにスタディグループで集まることになっていたので、リンクから学校へ直行、図書館で超特急で予習に取り掛かり(終わる訳なし)、明日が締め切りのGroup Case Write Upに5時から10時まで喧々諤々の議論を行う。スタディグループと言えば最近「○時に集まろうか?」というときに「ごめん、僕はその時間アプリカントと食事が」とか「ごめんMITとのホッケーが」と毎週のように時間をずらしてもらっているのだが、先日Amyに「全くRioは課外活動に時間かけすぎよ。ほんとに不適切だわ。ぷんぷん」とお叱りを受けた。You’re absolutely rightです。反論の余地もございません。
それにしてもヒートアップしたときのアメリカ人学生、イギリス人学生の押しの強さは並みではない。端から見ていて「おいおいそんなに言い合いして大丈夫かな、この人たち」と思うのだが、その場は納得いかないような表情をしつつも、終わるとカラっと楽しい話に切り替わる当たり、日本人にはちょっと理解しにくい部分かもしれない。ただ僕はその点だけは完全に「あちら側」の人間なので、なんだかとても心地良いです。
最近はおしゃべり&冗談好きのメンバーともすっかり打ち解けて、一緒にいる時間がとても楽しい。先日も2~3時間くだらない話に費やして、そろそろやらないとまずいという時間になってBrianが「えーっ、もう疲れたよー。もういいじゃん、それでー」とソファに寝っ転がってしまったときは大笑いした。疲れたってあんた単に雑談してただけでしょっ(笑)。
先方は既に6試合くらいこなしているというので、今回が初試合となる僕たちTuckies1年生はかなりビビっていたのだが、この一週間は何度かしっかり練習していたので、予想以上にいいゲームになった。肝心なところですっ転ぶ人が続出する爆笑ホッケーになったが、何と均衡を破ったのは5分と体力が持たないはずの僕。敵のゴーリーの前にパックが流れたところを諦めずプレスをかけに行くと、ゴーリーがファンブルしてそれを転びながら流し込むという何ともしょぼいゴール。しかしこれが決勝点となり、1試合目は2-1で初勝利!2試合目はさすがに若干の人数差と年齢差がボディーブローのように効いてきて、すっかり足の止まった我がTUCKにMITが猛攻をしかける展開に。今度は負けてしまったが、それでも2-3という接戦を演じることができ、また結果的に1勝1敗という絵に書いたような親善試合となり、双方大満足で記念撮影などしながら健闘を称え合う。
今回はMITチームが防具を持っていなかったこともあり、各自分担してかなりの数の防具集めに奔走した。また一時は前日に来てもらって宿泊先をみんなで提供しようという話が出たり、ホッケーのうまい日本人以外の学生が練習の応援に駆けつけてくれたり、TUCKらしいチームワークとホスピタリティが存分に発揮されたイベントだったように思う。困ったときに助け合えるいい仲間に恵まれていることを実感する。
僕は試合後すぐにスタディグループで集まることになっていたので、リンクから学校へ直行、図書館で超特急で予習に取り掛かり(終わる訳なし)、明日が締め切りのGroup Case Write Upに5時から10時まで喧々諤々の議論を行う。スタディグループと言えば最近「○時に集まろうか?」というときに「ごめん、僕はその時間アプリカントと食事が」とか「ごめんMITとのホッケーが」と毎週のように時間をずらしてもらっているのだが、先日Amyに「全くRioは課外活動に時間かけすぎよ。ほんとに不適切だわ。ぷんぷん」とお叱りを受けた。You’re absolutely rightです。反論の余地もございません。
それにしてもヒートアップしたときのアメリカ人学生、イギリス人学生の押しの強さは並みではない。端から見ていて「おいおいそんなに言い合いして大丈夫かな、この人たち」と思うのだが、その場は納得いかないような表情をしつつも、終わるとカラっと楽しい話に切り替わる当たり、日本人にはちょっと理解しにくい部分かもしれない。ただ僕はその点だけは完全に「あちら側」の人間なので、なんだかとても心地良いです。
最近はおしゃべり&冗談好きのメンバーともすっかり打ち解けて、一緒にいる時間がとても楽しい。先日も2~3時間くだらない話に費やして、そろそろやらないとまずいという時間になってBrianが「えーっ、もう疲れたよー。もういいじゃん、それでー」とソファに寝っ転がってしまったときは大笑いした。疲れたってあんた単に雑談してただけでしょっ(笑)。
Monday, February 02, 2004
Japan Still Alive
ここに来てマクロ経済やStrategy, Marketingの授業で日本の事例やケースを扱うことが増えてきた。一つは世界でも類を見ない高度経済成長を経験した日本の成功要因を学ぶという定番もの、もう一つは1990年代以降スローダウンした日本経済の問題がどこにあり、どう解決すべきかというもの。日本人の僕がここで貢献せずしてどこでするという状況である訳だが、なかなか切れの良い説得力のある説明ができない。英語の問題もさることながら、明らかに中身の問題である。非常に歯がゆいと同時に情けない思いをしている。
先日授業とは離れてアメリカ人学生と話をする中で、自分の日本観を見直すきっかけとなるような洞察を得る機会があった。どちらかと言うと日本人は(自分も含めて)自分たちの現状や将来について悲観的になる傾向がある。アメリカ経済が持ち直し、アジア諸国が目覚しく台頭する一方で、日本は経済が長く停滞し、労働者人口、完全失業率、消費者物価水準などのマクロ指標や荒んだ社会面のニュースを見るにつけ、お先真っ暗という感覚に陥ってしまう。
しかし他国の人が日本を見る目は少し違っているようだ。米国に来ているアジア諸国の人から見ると「結局は日本が米国と経済的に対峙できる唯一の国」という認識があるという話を聞いた。また米国人も日本という国に対して心のどこかでまだ特別な感情(ある種の畏怖)を持っているのは紛れもない事実だという話である(個人レベルではとても彼らから尊敬を得るまでは至っていないのでなかなか実感しにくい)。
例えば自動車、電機業界などは、低価格路線から米国市場に参入し、徐々にその地位を確立、最終的には有無を言わさぬクオリティで市場を席巻するに至った訳だが、その過程では米国が日本に飲み込まれてしまうのではないかという「日本脅威論」から、日本製品の不買運動が起こったり、日本文化に対する嫌悪感が増幅した。しかしそんな中でも結局米国人は日本製品を買うことを止められなかった。そこまでの圧倒的なクオリティを確立できたのはなぜなのか。その背後にどんな戦略や幸運が潜んでいたかは分からないが、究極的には日本人の変革に対する適応力、斬新な発想力、それを実行に移す実践力にたどり着くのではないだろうか。
日本の競争力の源泉ということを考えた場合、従来型のステレオタイプではどうしても「ワーカホリック集団」「ディシプリン」「米国追従」という特徴が浮かび、これらはもはや欠点でしかないという解釈に陥りがちである。しかし、例えば世界で通用しているファッションやアニメ産業などのエキセントリックな発想、執着がイノベーションの源泉になっていると考えることはできないだろうか。また何でも取り入れて日本風に加工してしまうモノマネ、ノンポリという特徴も、違った視点から見れば外の世界に対する「開放性」であり(自国の文化や歴史に固執するあまり柔軟性に欠ける国はたくさんある)、これが新しい技術やトレンドに対する適応を可能にしているとは考えられないだろうか。
日本はまだ死んでいない。限られたリソースを効果的に活用し、比較優位(Comparative Advantage)を追求することができれば、まだまだ日本は世界に通用するだけの競争力を保持できるのではないか。そう考えると少し明るく前向きな気持ちになってくるから不思議である。
先日授業とは離れてアメリカ人学生と話をする中で、自分の日本観を見直すきっかけとなるような洞察を得る機会があった。どちらかと言うと日本人は(自分も含めて)自分たちの現状や将来について悲観的になる傾向がある。アメリカ経済が持ち直し、アジア諸国が目覚しく台頭する一方で、日本は経済が長く停滞し、労働者人口、完全失業率、消費者物価水準などのマクロ指標や荒んだ社会面のニュースを見るにつけ、お先真っ暗という感覚に陥ってしまう。
しかし他国の人が日本を見る目は少し違っているようだ。米国に来ているアジア諸国の人から見ると「結局は日本が米国と経済的に対峙できる唯一の国」という認識があるという話を聞いた。また米国人も日本という国に対して心のどこかでまだ特別な感情(ある種の畏怖)を持っているのは紛れもない事実だという話である(個人レベルではとても彼らから尊敬を得るまでは至っていないのでなかなか実感しにくい)。
例えば自動車、電機業界などは、低価格路線から米国市場に参入し、徐々にその地位を確立、最終的には有無を言わさぬクオリティで市場を席巻するに至った訳だが、その過程では米国が日本に飲み込まれてしまうのではないかという「日本脅威論」から、日本製品の不買運動が起こったり、日本文化に対する嫌悪感が増幅した。しかしそんな中でも結局米国人は日本製品を買うことを止められなかった。そこまでの圧倒的なクオリティを確立できたのはなぜなのか。その背後にどんな戦略や幸運が潜んでいたかは分からないが、究極的には日本人の変革に対する適応力、斬新な発想力、それを実行に移す実践力にたどり着くのではないだろうか。
日本の競争力の源泉ということを考えた場合、従来型のステレオタイプではどうしても「ワーカホリック集団」「ディシプリン」「米国追従」という特徴が浮かび、これらはもはや欠点でしかないという解釈に陥りがちである。しかし、例えば世界で通用しているファッションやアニメ産業などのエキセントリックな発想、執着がイノベーションの源泉になっていると考えることはできないだろうか。また何でも取り入れて日本風に加工してしまうモノマネ、ノンポリという特徴も、違った視点から見れば外の世界に対する「開放性」であり(自国の文化や歴史に固執するあまり柔軟性に欠ける国はたくさんある)、これが新しい技術やトレンドに対する適応を可能にしているとは考えられないだろうか。
日本はまだ死んでいない。限られたリソースを効果的に活用し、比較優位(Comparative Advantage)を追求することができれば、まだまだ日本は世界に通用するだけの競争力を保持できるのではないか。そう考えると少し明るく前向きな気持ちになってくるから不思議である。