Tuesday, March 30, 2004
Spring Term
先週からSpring Termが始まった。これまでのFall A, Fall B, Winter Termと異なる点は、コア科目が二つだけになったこと、遂に選択科目が選べるようになったこと、授業形式ではないTuck Leadership Forum(コンサルティングプロジェクト)が始まったことである。選択科目はFSIA (Financial Statements Interpretation and Analysis) に決めた。基本的にはI-Bank等を志望する学生向けのクラスで、2年生も含めて学生のレベルは高そうだが、これには僕が前から学びたかった内容が凝縮されており、人一倍の苦労は覚悟で選択した。コア科目にStrategic Analysis of Technologyがあることを含め、Tuckに来てから最もエキサイティングな2ヶ月になるだろう。
また今学期から毎日顔を合わせる固定のスタディグループがなくなった(科目毎にプロジェクトスタイルの宿題では依然グループ作業が必須となっている)。これも今の僕にとってはGood Newsである。当初のスタディグループの目的は、恐らく様々なバックグランド(職歴や国籍)を持った学生たちがお互いに助け合うことで、それぞれの弱みを補完し、スキルの平準化を図るというものであったと思う。今振り返ってみると、僕にとってはプラスとマイナスがあった。
プラス面はもちろん、いろいろな学生と徹底的に議論の場を持つことで、彼らのメンタリティを理解し、その中でどう生き残るかという術を学んだこと。また時に冗談を交えた彼らの会話に毎日加われたことも、環境への適応という意味でとても有意義であった。一方マイナス面はやはり自分のペースで時間が確保できなかったことだ。スタディグループで「使えない奴」と思われたくないばかりに、授業が終わるや否や復習もせずに次の日の予習に取り掛かり、毎日のノルマに忙殺されてしまった。また自分の得意分野に時間を割き彼らに貢献する一方で、苦手科目に集中することができず、コアとして身につけるべき標準的なスキルにもあちこちに穴が開いた状態である。
それにしても夜の7時から10時頃という一番集中すべき時間帯(及びその前後)が自由になったことはかなり大きい。この2ヶ月は単なる2ヶ月ではない。残された学生生活にどれだけドライブをかけることができるか、ひいては僕にとってのMBAの価値を左右する大きな勝負どころである。
また今学期から毎日顔を合わせる固定のスタディグループがなくなった(科目毎にプロジェクトスタイルの宿題では依然グループ作業が必須となっている)。これも今の僕にとってはGood Newsである。当初のスタディグループの目的は、恐らく様々なバックグランド(職歴や国籍)を持った学生たちがお互いに助け合うことで、それぞれの弱みを補完し、スキルの平準化を図るというものであったと思う。今振り返ってみると、僕にとってはプラスとマイナスがあった。
プラス面はもちろん、いろいろな学生と徹底的に議論の場を持つことで、彼らのメンタリティを理解し、その中でどう生き残るかという術を学んだこと。また時に冗談を交えた彼らの会話に毎日加われたことも、環境への適応という意味でとても有意義であった。一方マイナス面はやはり自分のペースで時間が確保できなかったことだ。スタディグループで「使えない奴」と思われたくないばかりに、授業が終わるや否や復習もせずに次の日の予習に取り掛かり、毎日のノルマに忙殺されてしまった。また自分の得意分野に時間を割き彼らに貢献する一方で、苦手科目に集中することができず、コアとして身につけるべき標準的なスキルにもあちこちに穴が開いた状態である。
それにしても夜の7時から10時頃という一番集中すべき時間帯(及びその前後)が自由になったことはかなり大きい。この2ヶ月は単なる2ヶ月ではない。残された学生生活にどれだけドライブをかけることができるか、ひいては僕にとってのMBAの価値を左右する大きな勝負どころである。
Wednesday, March 24, 2004
アメリカという国
束の間の春休みを利用して5日間ほど妻とメキシコへ旅行してきたのだが、現地の人々はとても明るく、概して親切で、とても気持ちの良い時間を過ごすことができた。その一方で、自分の中で改めてクリアになったことが一つある。アメリカは「サービスがサービスとして成立していない稀有な国」であるという事実である。ここ1、2ヶ月の間だけでもストレスの溜まる出来事がたくさんあった。
メキシコとの往復には料金が最も安かったUS Airwaysを利用したのだが、信じられないことに行きも帰りもLost Baggageとなってしまった。貴重な休暇だけに誰かに怒りをぶつけたくもなるのだが、現地(メキシコ)の人の良さそうな係員に文句を言っても始まらないので、到着次第ホテルに送ってもらう手続きをして、手荷物だけという軽装でホテルへ向かう。海外に到着して丸一日、スーツケースがない(イコール着替えや洗面道具も含めて何もない)状態で過ごすというのはとても切ない。
そして「まさか連続で失くされることはないだろう」とタカをくくって帰りの便に乗ったものの、あろうことかボストンでまたもスーツケースが出て来ない。これにはさすがに頭に来てUS Airwaysの遺失物窓口へ出向く。待つこと数分(つまり他にもバッグを失くされた人がいたことになる)、50歳くらいの一見紳士風の男性に"Next please"と声をかけられたので、つかつかと歩み寄る。
彼は何事もなかったかのように「荷物失くしたんですね。じゃあ送りますから住所を教えて下さい」と事務的に切り出してきた。僕は高ぶる気持ちを抑えて「えーっと、まず荷物を失くしたのは"僕"ではありません。"あなた"です。それを踏まえた上で、住所を聞く前に何か僕たちに言うことはありませんか?」以下5分程度続いた実りのない会話。
「はいはい、じゃあ失くしたのは"私たち"です。住所を教えて下さい」「いやいやだから。あなた方は1週間に二度も僕たちのバッグを失くして、大切なバケーションを台無しにしたんですよ。住所を聞く前に何か言うことがあるんじゃないですか?」「言っていることがよく理解できませんが」「ですから僕たちに言うべき言葉が何かあるんじゃないですか?」「いや特に。私は手続きに従って処理をしているだけですから、他に言うべきことはありません。住所を教えて下さい」
こちらも遂に堪忍袋の緒が切れる。「あのねー、あんた冗談言ってんでしょ。これ冗談でしょ?そうとしか考えられないよ。俺はあんたの会社のサービスにお金を払ってるんだよ。しかもこれだけの不利益を与えておいて、あんたのその失礼な態度は何なんだよ。まず言うべき言葉があるだろっつってんだよ」「だから特にないって言ってんだよ。荷物いらないなら勝手にしろよ」と逆切れする係員。そう、アメリカでは正当な主張をする顧客にサービスを提供する会社の従業員が逆切れするのである。
つい数週間前に、僕が車を購入したGerrish Hondaというディーラーでも同じことが起った。担当営業マンが購入時に約束した返金分を何度催促しても払わないばかりか、連絡すると言って、して来ないことが続いたので、暫くは辛抱してフレンドリーに接してきたのだが、メールで「もうあなたの記憶力の悪さには本当に失望ししました。何度同じことを言ったかもう覚えてもいないですが、ともかく返金分を支払って下さい。あなたに直接お願いするのはこれが最後です。意味が分かりますか」と送ったところ「私も何度あなたに言っているか分かりませんが、そのためには書類が必要です。書類を送って下さい」と返してきた。彼が言う「必要な書類」の話はとっくに終わっているはずで、しかも彼はそれまでに少なくとも二度「今週末までにチェックを送る」と僕に約束していた。
後から振り返ればやはり「紙」で誓約書を残しておくべきだったのだが、彼が信用できる営業マンだと人伝てに聞いていたこと、購入時にバタバタして彼に一切任せっきりだったことが思い切り裏目に出た。数ヶ月支払いがない段階で催促に行ったときに彼が「ちょっと時間が経ち過ぎて上司に支払いの許可をもらえないんだよ」と言い出した時には「それはそっちの問題であって…」と説明する気もうせてしまった。自分が支払わなかったために時間が経ってしまったのに「時間が経ちすぎたので払えない」という理屈がどういう思考回路から出てくるのだろうか。
僕は仕方なくディーラーを訪れ、彼の席をスルーして受付へ向かう。パンを頬張りながらすっかりリラックスムードの受付係のお姉さんに「営業の責任者を出して下さい。あなたの営業マンとトラブルがあります」ときっぱりした口調で訴えるとこちらの気合いが伝わったのか、すぐに立ち上がってマネージャーの部屋へ通される。すると担当営業マンが急に擦り寄ってきて「ヘイ、ちょっと待ってくれ。話をしよう」と言うので「いや君との話はもう終わったでしょ。何も話すことはないよ」と冷たく言い放って部屋へ入る。
白髪交じりの大柄なマネージャーは訝しそうな顔で何事かと眼鏡を外して「まあ座りなさい」と話に応じてくれる。僕は、担当営業マンが約束を破り続けている詳細な経緯を説明し(車が届く直前に僕が1週間ほど家を空けなければならなかったので、英語が話せない妻を宜しくと言ったにも関わらず、妻を適当にあしらって、約束した連絡を何度を怠ったこと等も伝える)「話は分かりました。彼に確認して必要があれば返金の処理をします」ということになったのだが、彼のことなので上司にも適当なことを言って言い逃れるだろうと思い、「彼をここへ呼んでもらえますか?今その話をしましょう」とマネージャーにお願いする。
程なく営業マンが神妙な顔つきで入ってきたのだが、I’m sorryと言いつつも、結局彼が自分の否を認めることはなかった。考えてみれば上司の前で「私がいい加減な対応をしました」と認める人はいないだろう。するとマネージャーが「彼は素晴らしい営業マンでお客様からも愛されている。彼がそんなことをするはずがない」とまるで僕に非があるかのような口調でかばい始めるので「じゃああなたは僕が嘘をついていると言うのですか?」と言った辺りからマネージャーの顔がみるみる紅潮。突然立ち上がって僕に大声で怒鳴りだした。
「この会話はもう終わりだ!こんな話はもううんざりだ。今すぐここを出て行け。さもなければ俺は警察を呼ぶぞ。お前は今すぐ逮捕だ。お前は牢屋行きだ!(これ全部文字通り彼が言った言葉です)」営業マンは上司のあまりの剣幕に驚いたらしく、文字通り飛び上がって部屋を出て行った。
開いた口が塞がらないというのは正にこういう状態を言うのだろうか。自分がサービスを提供している側として考えると、お客様が怒っているときはまず神妙に謝罪、そして説明を最後まで聞いた上で、しかるべき対応を取りますと伝え、再度謝罪というのが当たり前の流れだ。営業責任者が顧客に怒鳴り散らすなど言語道断である。
僕はしばし状況を整理しつつ、何も自分は悪いことをしていないし、いっそ警察を呼んでもらおうかとも思ったのだが、百戦錬磨の彼らのことなので、警察の前で自分たちを正当化するためにどんな演技でもするだろうということ、僕の言語のハンデがプラスに作用することはないだろうということで、その場は立ち去る決断をする。鼻息も荒く今にもつかみかかってきそうなマネージャーを横目にため息をつきながらゆっくり書類をしまって立ち上がり、「今日は失礼な対応をするつもりはなかったが、そう感じさせてしまったとしたら申し訳なかった」と握手の手を差し伸べる。彼は一度振りかざした拳をどうすべきか面食らっていたようだが、彼も握手に応じ、形としては大人の対応(か?)でその場を後にする。
結局この件は、営業マンが「どうしても必要」と言い張っていた書類なしに、2日後にはチェックが送られてきたのと、そもそもこんなことに関わっている時間がなくなってしまったことで、再度の訪問計画は止めることにした。
US Airwaysの話に戻る。結局「あんたじゃ話にならない」と横に座っていたおば様二人のところへ移り、同様の説明+あの失礼な人が(と指を差しつつ)一言も謝りもしないと不満をぶつける。すると「彼はここの責任者なので(うそーっ!)、彼以上の説明ができるか分かりませんが、とにかくご不便をかけて申し訳ありませんでした」としっかり謝罪するおば様。そうでしょー、普通そうでしょーということで漸く僕の怒りも収まり「僕も技術的にはそういうことが起り得るというのは十分理解していますし、1週間に二度失くされたというのも僕が単に不運だったということかもしれません。ただ問題なのはあの人(再度指差し)の初期対応です。」と言った後、住所を伝え、見つかり次第送って下さいということで応対完了。
「ところで彼にフルネームと部署名を聞いたんですけどファーストネーム(Ed)しか教えられないポリシーだとか言ってカスタマーセンターに届けようにも彼が誰かすら分からないんですが、そのような届出の正式なプロセスを教えてもらえますか?」と尋ねると、もう片方のおば様が僕を招き寄せて「実は彼は耳が遠いのよ。何度も話がすれ違ったでしょ。だからしょうがないの。許してあげて」と耳打ちする。耳が遠いのと態度が悪いのはあんまり関係ないんじゃないかと思いつつ「あなたがそう言うならまあいいです。いろいろありがとう」と言ってその場を去る。
でもやっぱり最後に一言言っておきたかったので、会話の一部始終を聞いていたであろう「責任者」のところへ歩み寄って"Hey Ed, learn something, and grow up."と捨て台詞を残して帰る。
こう長々と書いてみると、何だか僕が単に短気であちこちで喧嘩ばかりしているようにも見えるが、彼らの対応が日本人、いやアメリカ人以外の目から見て尋常でないことは確かだ。僕がアジア人であり、しかも英語が流暢に操れないという事実がどれほど彼らの対応に反映されているのか、それは僕にも分からない。同じような年齢、服装でも仮に僕が白人男性であったら彼らの対応も違ったのかもしれないし、それは全く関係ないかもしれない。ただ一つ言えるのは、もし仮に前者だとするならば、それは彼らに意識を変えてもらわなければならない。そういう態度を示してはいけないんですよ、ということを分かってもらう必要がある。僕のこのささやかな草の根活動がアメリカという国に深く根付いたマインドを変えられるとは到底考えていないが、少なくとも僕が関わった人にはこのメッセージを発し続けて行きたいし、後に続く人たちにも「仕方ないよ」という諦めの態度は取らないでほしいと思う。
最後に「サービス」という点について。結局ローカルレベルで対面で行われるサービスには当然のことながら国際競争が入り込む余地はない。もしこの対面サービスの国際競争力を数値で測れるとするならば、アメリカのそれは恐らく先進国の中では最低にランクされるだろう。それでも世界で圧倒的な経済力を誇り、超大国として君臨するアメリカという国は、本当に奇妙な存在である。
メキシコとの往復には料金が最も安かったUS Airwaysを利用したのだが、信じられないことに行きも帰りもLost Baggageとなってしまった。貴重な休暇だけに誰かに怒りをぶつけたくもなるのだが、現地(メキシコ)の人の良さそうな係員に文句を言っても始まらないので、到着次第ホテルに送ってもらう手続きをして、手荷物だけという軽装でホテルへ向かう。海外に到着して丸一日、スーツケースがない(イコール着替えや洗面道具も含めて何もない)状態で過ごすというのはとても切ない。
そして「まさか連続で失くされることはないだろう」とタカをくくって帰りの便に乗ったものの、あろうことかボストンでまたもスーツケースが出て来ない。これにはさすがに頭に来てUS Airwaysの遺失物窓口へ出向く。待つこと数分(つまり他にもバッグを失くされた人がいたことになる)、50歳くらいの一見紳士風の男性に"Next please"と声をかけられたので、つかつかと歩み寄る。
彼は何事もなかったかのように「荷物失くしたんですね。じゃあ送りますから住所を教えて下さい」と事務的に切り出してきた。僕は高ぶる気持ちを抑えて「えーっと、まず荷物を失くしたのは"僕"ではありません。"あなた"です。それを踏まえた上で、住所を聞く前に何か僕たちに言うことはありませんか?」以下5分程度続いた実りのない会話。
「はいはい、じゃあ失くしたのは"私たち"です。住所を教えて下さい」「いやいやだから。あなた方は1週間に二度も僕たちのバッグを失くして、大切なバケーションを台無しにしたんですよ。住所を聞く前に何か言うことがあるんじゃないですか?」「言っていることがよく理解できませんが」「ですから僕たちに言うべき言葉が何かあるんじゃないですか?」「いや特に。私は手続きに従って処理をしているだけですから、他に言うべきことはありません。住所を教えて下さい」
こちらも遂に堪忍袋の緒が切れる。「あのねー、あんた冗談言ってんでしょ。これ冗談でしょ?そうとしか考えられないよ。俺はあんたの会社のサービスにお金を払ってるんだよ。しかもこれだけの不利益を与えておいて、あんたのその失礼な態度は何なんだよ。まず言うべき言葉があるだろっつってんだよ」「だから特にないって言ってんだよ。荷物いらないなら勝手にしろよ」と逆切れする係員。そう、アメリカでは正当な主張をする顧客にサービスを提供する会社の従業員が逆切れするのである。
つい数週間前に、僕が車を購入したGerrish Hondaというディーラーでも同じことが起った。担当営業マンが購入時に約束した返金分を何度催促しても払わないばかりか、連絡すると言って、して来ないことが続いたので、暫くは辛抱してフレンドリーに接してきたのだが、メールで「もうあなたの記憶力の悪さには本当に失望ししました。何度同じことを言ったかもう覚えてもいないですが、ともかく返金分を支払って下さい。あなたに直接お願いするのはこれが最後です。意味が分かりますか」と送ったところ「私も何度あなたに言っているか分かりませんが、そのためには書類が必要です。書類を送って下さい」と返してきた。彼が言う「必要な書類」の話はとっくに終わっているはずで、しかも彼はそれまでに少なくとも二度「今週末までにチェックを送る」と僕に約束していた。
後から振り返ればやはり「紙」で誓約書を残しておくべきだったのだが、彼が信用できる営業マンだと人伝てに聞いていたこと、購入時にバタバタして彼に一切任せっきりだったことが思い切り裏目に出た。数ヶ月支払いがない段階で催促に行ったときに彼が「ちょっと時間が経ち過ぎて上司に支払いの許可をもらえないんだよ」と言い出した時には「それはそっちの問題であって…」と説明する気もうせてしまった。自分が支払わなかったために時間が経ってしまったのに「時間が経ちすぎたので払えない」という理屈がどういう思考回路から出てくるのだろうか。
僕は仕方なくディーラーを訪れ、彼の席をスルーして受付へ向かう。パンを頬張りながらすっかりリラックスムードの受付係のお姉さんに「営業の責任者を出して下さい。あなたの営業マンとトラブルがあります」ときっぱりした口調で訴えるとこちらの気合いが伝わったのか、すぐに立ち上がってマネージャーの部屋へ通される。すると担当営業マンが急に擦り寄ってきて「ヘイ、ちょっと待ってくれ。話をしよう」と言うので「いや君との話はもう終わったでしょ。何も話すことはないよ」と冷たく言い放って部屋へ入る。
白髪交じりの大柄なマネージャーは訝しそうな顔で何事かと眼鏡を外して「まあ座りなさい」と話に応じてくれる。僕は、担当営業マンが約束を破り続けている詳細な経緯を説明し(車が届く直前に僕が1週間ほど家を空けなければならなかったので、英語が話せない妻を宜しくと言ったにも関わらず、妻を適当にあしらって、約束した連絡を何度を怠ったこと等も伝える)「話は分かりました。彼に確認して必要があれば返金の処理をします」ということになったのだが、彼のことなので上司にも適当なことを言って言い逃れるだろうと思い、「彼をここへ呼んでもらえますか?今その話をしましょう」とマネージャーにお願いする。
程なく営業マンが神妙な顔つきで入ってきたのだが、I’m sorryと言いつつも、結局彼が自分の否を認めることはなかった。考えてみれば上司の前で「私がいい加減な対応をしました」と認める人はいないだろう。するとマネージャーが「彼は素晴らしい営業マンでお客様からも愛されている。彼がそんなことをするはずがない」とまるで僕に非があるかのような口調でかばい始めるので「じゃああなたは僕が嘘をついていると言うのですか?」と言った辺りからマネージャーの顔がみるみる紅潮。突然立ち上がって僕に大声で怒鳴りだした。
「この会話はもう終わりだ!こんな話はもううんざりだ。今すぐここを出て行け。さもなければ俺は警察を呼ぶぞ。お前は今すぐ逮捕だ。お前は牢屋行きだ!(これ全部文字通り彼が言った言葉です)」営業マンは上司のあまりの剣幕に驚いたらしく、文字通り飛び上がって部屋を出て行った。
開いた口が塞がらないというのは正にこういう状態を言うのだろうか。自分がサービスを提供している側として考えると、お客様が怒っているときはまず神妙に謝罪、そして説明を最後まで聞いた上で、しかるべき対応を取りますと伝え、再度謝罪というのが当たり前の流れだ。営業責任者が顧客に怒鳴り散らすなど言語道断である。
僕はしばし状況を整理しつつ、何も自分は悪いことをしていないし、いっそ警察を呼んでもらおうかとも思ったのだが、百戦錬磨の彼らのことなので、警察の前で自分たちを正当化するためにどんな演技でもするだろうということ、僕の言語のハンデがプラスに作用することはないだろうということで、その場は立ち去る決断をする。鼻息も荒く今にもつかみかかってきそうなマネージャーを横目にため息をつきながらゆっくり書類をしまって立ち上がり、「今日は失礼な対応をするつもりはなかったが、そう感じさせてしまったとしたら申し訳なかった」と握手の手を差し伸べる。彼は一度振りかざした拳をどうすべきか面食らっていたようだが、彼も握手に応じ、形としては大人の対応(か?)でその場を後にする。
結局この件は、営業マンが「どうしても必要」と言い張っていた書類なしに、2日後にはチェックが送られてきたのと、そもそもこんなことに関わっている時間がなくなってしまったことで、再度の訪問計画は止めることにした。
US Airwaysの話に戻る。結局「あんたじゃ話にならない」と横に座っていたおば様二人のところへ移り、同様の説明+あの失礼な人が(と指を差しつつ)一言も謝りもしないと不満をぶつける。すると「彼はここの責任者なので(うそーっ!)、彼以上の説明ができるか分かりませんが、とにかくご不便をかけて申し訳ありませんでした」としっかり謝罪するおば様。そうでしょー、普通そうでしょーということで漸く僕の怒りも収まり「僕も技術的にはそういうことが起り得るというのは十分理解していますし、1週間に二度失くされたというのも僕が単に不運だったということかもしれません。ただ問題なのはあの人(再度指差し)の初期対応です。」と言った後、住所を伝え、見つかり次第送って下さいということで応対完了。
「ところで彼にフルネームと部署名を聞いたんですけどファーストネーム(Ed)しか教えられないポリシーだとか言ってカスタマーセンターに届けようにも彼が誰かすら分からないんですが、そのような届出の正式なプロセスを教えてもらえますか?」と尋ねると、もう片方のおば様が僕を招き寄せて「実は彼は耳が遠いのよ。何度も話がすれ違ったでしょ。だからしょうがないの。許してあげて」と耳打ちする。耳が遠いのと態度が悪いのはあんまり関係ないんじゃないかと思いつつ「あなたがそう言うならまあいいです。いろいろありがとう」と言ってその場を去る。
でもやっぱり最後に一言言っておきたかったので、会話の一部始終を聞いていたであろう「責任者」のところへ歩み寄って"Hey Ed, learn something, and grow up."と捨て台詞を残して帰る。
こう長々と書いてみると、何だか僕が単に短気であちこちで喧嘩ばかりしているようにも見えるが、彼らの対応が日本人、いやアメリカ人以外の目から見て尋常でないことは確かだ。僕がアジア人であり、しかも英語が流暢に操れないという事実がどれほど彼らの対応に反映されているのか、それは僕にも分からない。同じような年齢、服装でも仮に僕が白人男性であったら彼らの対応も違ったのかもしれないし、それは全く関係ないかもしれない。ただ一つ言えるのは、もし仮に前者だとするならば、それは彼らに意識を変えてもらわなければならない。そういう態度を示してはいけないんですよ、ということを分かってもらう必要がある。僕のこのささやかな草の根活動がアメリカという国に深く根付いたマインドを変えられるとは到底考えていないが、少なくとも僕が関わった人にはこのメッセージを発し続けて行きたいし、後に続く人たちにも「仕方ないよ」という諦めの態度は取らないでほしいと思う。
最後に「サービス」という点について。結局ローカルレベルで対面で行われるサービスには当然のことながら国際競争が入り込む余地はない。もしこの対面サービスの国際競争力を数値で測れるとするならば、アメリカのそれは恐らく先進国の中では最低にランクされるだろう。それでも世界で圧倒的な経済力を誇り、超大国として君臨するアメリカという国は、本当に奇妙な存在である。
Sunday, March 07, 2004
Group 33
冬学期は本当にあっという間に時間が過ぎ、もうあと1週間を残すのみとなった。火曜日からは試験モードに突入するので、今日がこのスタディグループでの事実上最後のミーティングとなる。毎週日曜は月火のCorporate Financeの宿題がテーマとなる上に、週末に一瞬遠ざかった英語(超高速会話)にいつも四苦八苦していたのだが、今日も結局そういう状況であった。
期末試験が迫っているというのに、Diegoというスペイン人の教授は最後まで山ほど宿題を与えてくれるような容赦ないキャラクターであり、配布する解答が間違いだらけといういい加減さも手伝って、最近とても評判が悪い。今週は明日が締切りのケース、火曜が締切りのグループホームワークに加えて、明日の夕方締切りの新たなケースが一つ加わった。しかもそのうちの一つはエクセルで解答するだけでなく、スライドを用意して10分間のプレゼンを行えということになり、Course Rep(科目毎のセクションの代表)が「あまりにも負担が多いので何とかしてくれ」と交渉してくれたのだが、Diegoも頑として譲らず(この人本当に頑固)、全ての課題をこなさなければならなくなった。
今週もAmyが予め問題にアタックし、ミーティングの場でも「本当にこんなスライドいるのかしら。もう一人の教授はスライドはオプショナルでいいって言ってたらしいからうちのセクションも交渉すべきだわ」などとブツブツ言いながら一生懸命スライドを作っている。途中Nikkiと喧々諤々の議論をしながら(僕は完全に役立たず状態。とても切ない。)漸く6枚のスライドが完成した。
さあ帰るかという段階になってAmyのところに「うちのセクションもスライドはオプショナルで良いことになりました」という元気なメールが届き、Amyが切れる。「全くあのスペイン語訛りはいい加減にしやがれっつーんだよ。お前何様なんだよ。大体ちゃんと英語しゃべれよ(以下放送禁止用語連発のため中略)。全くあいつみたいな人間がこの世に存在していること自体私は許せないね」と怒りは収まらない。そんなAmyを横目に僕らは腹を抱えて大笑い。タイミングがあまりにも良すぎる。Amyは寮のあちこちの部屋を回っては「ちょっと聞いてよ、Diegoがさー」とやり場のない怒りをぶちまけている。どちらかと言うとふてぶてしい米国人女性という雰囲気のAmyではあるが、こういうところを見ると結構単純で可愛いところもある。
最後に「写真撮ってもいい?」と聞くと、みんな口々に「あ、そっかー、今日で最後か」ということに気づいたらしく、隣室で寝ていた寝癖頭のSteveをTomがたたき起こし、写真を撮ってもらう。この写真も後で振り返った時に、いろいろな思い出がつまった記念の一枚となっているに違いない。
ハノーバーにもどうやら本格的に春が近づいて来た様子である。暖かくなるとどうなるかというと、これまで路肩に山のように積もっていた雪が一斉に溶け出すため、全ての道路が水浸し、泥だらけとなる。ちょっと歩くだけでも裾に泥が跳ね上げて大変な思いをする。ちょうど冬の始った頃と同じような状態である。からっと晴れた空を見上げ、澄みきった空気を吸っていると、ちょっと疲れていた心身も自然と癒されるから不思議である。僕は人間も光合成をしているに違いないと思う。
期末試験が迫っているというのに、Diegoというスペイン人の教授は最後まで山ほど宿題を与えてくれるような容赦ないキャラクターであり、配布する解答が間違いだらけといういい加減さも手伝って、最近とても評判が悪い。今週は明日が締切りのケース、火曜が締切りのグループホームワークに加えて、明日の夕方締切りの新たなケースが一つ加わった。しかもそのうちの一つはエクセルで解答するだけでなく、スライドを用意して10分間のプレゼンを行えということになり、Course Rep(科目毎のセクションの代表)が「あまりにも負担が多いので何とかしてくれ」と交渉してくれたのだが、Diegoも頑として譲らず(この人本当に頑固)、全ての課題をこなさなければならなくなった。
今週もAmyが予め問題にアタックし、ミーティングの場でも「本当にこんなスライドいるのかしら。もう一人の教授はスライドはオプショナルでいいって言ってたらしいからうちのセクションも交渉すべきだわ」などとブツブツ言いながら一生懸命スライドを作っている。途中Nikkiと喧々諤々の議論をしながら(僕は完全に役立たず状態。とても切ない。)漸く6枚のスライドが完成した。
さあ帰るかという段階になってAmyのところに「うちのセクションもスライドはオプショナルで良いことになりました」という元気なメールが届き、Amyが切れる。「全くあのスペイン語訛りはいい加減にしやがれっつーんだよ。お前何様なんだよ。大体ちゃんと英語しゃべれよ(以下放送禁止用語連発のため中略)。全くあいつみたいな人間がこの世に存在していること自体私は許せないね」と怒りは収まらない。そんなAmyを横目に僕らは腹を抱えて大笑い。タイミングがあまりにも良すぎる。Amyは寮のあちこちの部屋を回っては「ちょっと聞いてよ、Diegoがさー」とやり場のない怒りをぶちまけている。どちらかと言うとふてぶてしい米国人女性という雰囲気のAmyではあるが、こういうところを見ると結構単純で可愛いところもある。
最後に「写真撮ってもいい?」と聞くと、みんな口々に「あ、そっかー、今日で最後か」ということに気づいたらしく、隣室で寝ていた寝癖頭のSteveをTomがたたき起こし、写真を撮ってもらう。この写真も後で振り返った時に、いろいろな思い出がつまった記念の一枚となっているに違いない。
ハノーバーにもどうやら本格的に春が近づいて来た様子である。暖かくなるとどうなるかというと、これまで路肩に山のように積もっていた雪が一斉に溶け出すため、全ての道路が水浸し、泥だらけとなる。ちょっと歩くだけでも裾に泥が跳ね上げて大変な思いをする。ちょうど冬の始った頃と同じような状態である。からっと晴れた空を見上げ、澄みきった空気を吸っていると、ちょっと疲れていた心身も自然と癒されるから不思議である。僕は人間も光合成をしているに違いないと思う。
Wednesday, March 03, 2004
Do you have a HONDA?
ストラテジーの授業でHONDAのケースを扱った。この教授は基本的にコールドコールで授業を進めていくのだが、授業の最初に「えー、このセクションには今日のトピックに関連した学生が何人かいるわよね。自動車やバイク関連業界の人、エンジニアバックグランドの人、それから日本人ね」ある程度予想していたこととは言え、「それってもう明らかに僕かY氏かどっちかですよね」と額を机にあててがっくりうなだれる。両隣に座ったJustusとOlivierが「ご愁傷様」という感じで慰めてくれる。
ケース自体は1970年代にHONDAがどのようにして米国市場に参入し、成功を収めていったかというかなり古いありがちなもので、僕は前日これにはあまり目を通さずに、日本から持ってきていたHONDAの本を読みながら、どんな切り口でクラスメートにユニークな視点を提供すべきか頭を悩ませていた。ケースでは主にHONDAのマーケットシェア重視路線やコスト優位、経験曲線、自社流通網が成功要因という説明がされており、「じゃあHONDAのビジネスって本当にSustainableなの?それともImitableなの?」という方向に議論が移る。議論の内容がケースに記述してある事実に終始しそうになったので、最後の15分になって自ら手を挙げる。
「今日の議論の中で欠けている重要な視点はHONDAの経営哲学、文化、そこで働いている人々だと思う。僕の親戚がまさにこのHONDAのR&Dセンターで働いているんだけど、彼女が最初に思ったことは"この人たちってちょっと変"ということだったらしい。みんなAIBOとかASIMOって知ってるんだっけ?」と問いかけると、「みんなに説明してあげて」と教授に促される。
「AIBOは犬型のこのくらいのロボットなんだけど」と言うと、クラスのあちこちから「あー、それなら知ってる」という声が上がる。「ASIMOというのは人間型ロボットで、歩いたり、握手したり、話したりすることができるんだ。で、何が変かって言うと、このAIBOやASIMOが研究所の中を普通に歩き回ってるらしいんだよ。ちょっと変じゃない?だって会社だよ。」と言うとみんなクスクス笑い出す。「でもね、そこで働いている人たちはイノベーションに対してものすごい執着心を持っているらしいんだ」
「僕は最近日本のコアコンピタンシーがその"ちょっと変"なところにあると思うようになってきた。例えばアニメだったり、ファッションだったり、テレビ番組だったり。そのうちのいくつかは"Lost in Translation(映画)"でも描写されてたよね」と言うと、クラスのあちこちから「確かに」「あーそうだ」という声が上がる(余談だがこの"Lost in Translation"はこちらでもかなり人気があり、日本の話になると必ずと言っていいほど話題に上る)。教授はこの映画を見ていなかったようで「ごめん、知らない」というので「まあいいや」と次に進む。
「でね、HONDAはまさにそういう"ちょっと変な日本"の極端な例だと思うんだよ。ASIMOは今、受付係などで他社にレンタルで貸し出されてるんだけど、一日2万ドルを稼ぐって聞いてる」クラスがどよめく。「でもこれは明らかにHONDAの収益源じゃないんだよ。彼らは単に面白いからやってるんだと思う」「HONDAは就職人気ランキングでエンジニアの学生から3位にランクされている。これはHONDAが今だに若い優秀な学生を惹きつける魅力、ブランドを備えていることを意味している。こういう企業文化やブランドこそ、まさにHONDAのビジネスを"Inimitable"で"Sustainable"なものにしているのではないだろうか」というところで教授にパスを返す。
恐らく一回の発言で話し続けた時間としてはこれまでの自己最高記録だったと思う。教授も最後のWrap Upで「企業がイノベーションを起こし、成功するためには、Rioが指摘したように"ちょっと変"である必要があるわよね。それを許容する文化は本当に重要な点ね」と僕のコメントを追加してくれた。
授業が終わると何人かの学生が質問にやって来た。Mikeが「Rio、今のコメントはグレートだったな。ところで日本の医薬業界って詳しいか?外資はどのくらい食い込んでるんだ?」という質問をしてきたり、今まで一度も会話したことのなかったSarahまでが「ねえRio、日本のことでちょっと聞きたいんだけど」と話しかけてくる。こういうところは本当にアメリカの面白いところだと思う。ちょっと大袈裟ではあるが、メジャーリーグで初めてタイムリーヒットを打って、ベンチでチームメートたちから握手を求められているような気分になった。
夜のスタディグループでもBrianから「今日のRioの話は面白かったな」と言ってもらって嬉しかったのだが、TomとAmyはどうやら寝坊して2限目に出ていたらしく「あれ、そうだったの?」と軽く流されてしまってちょっとがっくり。「頼むよー。今までで一番長くしゃべったんだから君たちには聞いておいてほしかったな」と言うと、Tomが「それは大事なところを見逃しちゃったな。でも目が覚めたらもう結構遅い時間で、ベッドでのたうち回ってるいるうちに、もういいや2限でって感じになっちゃったんだよ。悪い悪い」こんな居心地のいいスタディグループも、冬学期の主なグループプロジェクトはほぼ終えたことになり、10日後には早くも解散となる。
ケース自体は1970年代にHONDAがどのようにして米国市場に参入し、成功を収めていったかというかなり古いありがちなもので、僕は前日これにはあまり目を通さずに、日本から持ってきていたHONDAの本を読みながら、どんな切り口でクラスメートにユニークな視点を提供すべきか頭を悩ませていた。ケースでは主にHONDAのマーケットシェア重視路線やコスト優位、経験曲線、自社流通網が成功要因という説明がされており、「じゃあHONDAのビジネスって本当にSustainableなの?それともImitableなの?」という方向に議論が移る。議論の内容がケースに記述してある事実に終始しそうになったので、最後の15分になって自ら手を挙げる。
「今日の議論の中で欠けている重要な視点はHONDAの経営哲学、文化、そこで働いている人々だと思う。僕の親戚がまさにこのHONDAのR&Dセンターで働いているんだけど、彼女が最初に思ったことは"この人たちってちょっと変"ということだったらしい。みんなAIBOとかASIMOって知ってるんだっけ?」と問いかけると、「みんなに説明してあげて」と教授に促される。
「AIBOは犬型のこのくらいのロボットなんだけど」と言うと、クラスのあちこちから「あー、それなら知ってる」という声が上がる。「ASIMOというのは人間型ロボットで、歩いたり、握手したり、話したりすることができるんだ。で、何が変かって言うと、このAIBOやASIMOが研究所の中を普通に歩き回ってるらしいんだよ。ちょっと変じゃない?だって会社だよ。」と言うとみんなクスクス笑い出す。「でもね、そこで働いている人たちはイノベーションに対してものすごい執着心を持っているらしいんだ」
「僕は最近日本のコアコンピタンシーがその"ちょっと変"なところにあると思うようになってきた。例えばアニメだったり、ファッションだったり、テレビ番組だったり。そのうちのいくつかは"Lost in Translation(映画)"でも描写されてたよね」と言うと、クラスのあちこちから「確かに」「あーそうだ」という声が上がる(余談だがこの"Lost in Translation"はこちらでもかなり人気があり、日本の話になると必ずと言っていいほど話題に上る)。教授はこの映画を見ていなかったようで「ごめん、知らない」というので「まあいいや」と次に進む。
「でね、HONDAはまさにそういう"ちょっと変な日本"の極端な例だと思うんだよ。ASIMOは今、受付係などで他社にレンタルで貸し出されてるんだけど、一日2万ドルを稼ぐって聞いてる」クラスがどよめく。「でもこれは明らかにHONDAの収益源じゃないんだよ。彼らは単に面白いからやってるんだと思う」「HONDAは就職人気ランキングでエンジニアの学生から3位にランクされている。これはHONDAが今だに若い優秀な学生を惹きつける魅力、ブランドを備えていることを意味している。こういう企業文化やブランドこそ、まさにHONDAのビジネスを"Inimitable"で"Sustainable"なものにしているのではないだろうか」というところで教授にパスを返す。
恐らく一回の発言で話し続けた時間としてはこれまでの自己最高記録だったと思う。教授も最後のWrap Upで「企業がイノベーションを起こし、成功するためには、Rioが指摘したように"ちょっと変"である必要があるわよね。それを許容する文化は本当に重要な点ね」と僕のコメントを追加してくれた。
授業が終わると何人かの学生が質問にやって来た。Mikeが「Rio、今のコメントはグレートだったな。ところで日本の医薬業界って詳しいか?外資はどのくらい食い込んでるんだ?」という質問をしてきたり、今まで一度も会話したことのなかったSarahまでが「ねえRio、日本のことでちょっと聞きたいんだけど」と話しかけてくる。こういうところは本当にアメリカの面白いところだと思う。ちょっと大袈裟ではあるが、メジャーリーグで初めてタイムリーヒットを打って、ベンチでチームメートたちから握手を求められているような気分になった。
夜のスタディグループでもBrianから「今日のRioの話は面白かったな」と言ってもらって嬉しかったのだが、TomとAmyはどうやら寝坊して2限目に出ていたらしく「あれ、そうだったの?」と軽く流されてしまってちょっとがっくり。「頼むよー。今までで一番長くしゃべったんだから君たちには聞いておいてほしかったな」と言うと、Tomが「それは大事なところを見逃しちゃったな。でも目が覚めたらもう結構遅い時間で、ベッドでのたうち回ってるいるうちに、もういいや2限でって感じになっちゃったんだよ。悪い悪い」こんな居心地のいいスタディグループも、冬学期の主なグループプロジェクトはほぼ終えたことになり、10日後には早くも解散となる。
Give and Take
このバランスは非常に難しい。例えば今学期で言えば僕はCorporate Financeに力を入れて基本をしっかり身につけたいと考えていた。しかし毎週与えられる課題は教科書や関連資料を読んだだけでは正解に辿りつけないような仕組みになっている。「考える過程が重要で、授業までは正解が分からなくても良い」「授業で"Aha"と納得できれば良い」という考え方なのだが、そうなるとスタディグループの存在が問題となる。つまり教科書を読んでも分からないとなると、特にファイナンスバックグランドのない僕などは彼らに貢献できる部分が限られてしまう。投資銀行出身者をして「分からない」と言わしめる問題に僕が口を挟むのはちょっと無理がある。
スタディグループでは各自の得意分野を基に暗黙のうちに分業体制がしかれるようになり、僕は必然的にマーケティングやストラテジー、マクロ経済の課題で貢献せざるを得なくなってくる。それはそれで再確認の場として有用ではあるのだが、そちらに労力をかけることで今学びたいファイナンスに費やす時間が相対的に少なくなり、理解度が低いまま授業がどんどん先へ進んでしまう。これはビジネススクールで意外に陥りがちなジレンマである。相互に補完し合うチームワークという概念にはプラス面も多いのだが、このようなダウンサイドも確かに存在する。
「教えて教えて君」がNGなのは万国共通であり、Takeをするためには当然Giveをしなければならない。ただ、今学期懸命にGiveしようと努力したことで得られたものも少なくない。スタディグループのメンバーやセクションのメンバーからも存在を認められる機会が確実に増えてきており、ここで勝ち得た信頼と存在感は来学期以降に大きな意味を持ってくるはずだ。これは恐らく適応の過程で見えてくる必然的な課題であり、来学期はこの問題にどう対処するかが新たなテーマとなる。やや回り道と感じることもあるが、"On the Right Track"であると信じて進んで行きたい。
スタディグループでは各自の得意分野を基に暗黙のうちに分業体制がしかれるようになり、僕は必然的にマーケティングやストラテジー、マクロ経済の課題で貢献せざるを得なくなってくる。それはそれで再確認の場として有用ではあるのだが、そちらに労力をかけることで今学びたいファイナンスに費やす時間が相対的に少なくなり、理解度が低いまま授業がどんどん先へ進んでしまう。これはビジネススクールで意外に陥りがちなジレンマである。相互に補完し合うチームワークという概念にはプラス面も多いのだが、このようなダウンサイドも確かに存在する。
「教えて教えて君」がNGなのは万国共通であり、Takeをするためには当然Giveをしなければならない。ただ、今学期懸命にGiveしようと努力したことで得られたものも少なくない。スタディグループのメンバーやセクションのメンバーからも存在を認められる機会が確実に増えてきており、ここで勝ち得た信頼と存在感は来学期以降に大きな意味を持ってくるはずだ。これは恐らく適応の過程で見えてくる必然的な課題であり、来学期はこの問題にどう対処するかが新たなテーマとなる。やや回り道と感じることもあるが、"On the Right Track"であると信じて進んで行きたい。