Friday, October 29, 2004
Swing States
大統領選挙の投票日がいよいよ来週の火曜日に迫ってきた。John Kerryが民主党のPrimaryを巡ってTuckで演説した1月がつい昨日のことのように思える。両候補とも最後まで各地での遊説に余念がないようだが、ここまで来ると最早できることも限られてくるだろう。TVコマーシャルでは相変わらず両候補によるネガティブキャンペーンが展開されている。自分の長所をアピールするのではなく、相手候補を徹底的に中傷することで差別化を図ろうというものである。
大統領選挙ではSwing States(揺れる州)と呼ばれるいくつかの州が雌雄を決するを言われている。これまでは今ひとつその意味が分からなかったのだが、いくつか面白いウェブサイトを発見し、何となく全体像がつかめてきた。
まずは前回の2000年大統領選(ブッシュ対ゴア)における共和党、民主党支持の州別分布図である。これを見る限り北東部と西海岸、西部の数州を除き、基本的には共和党支持層が広範に分布している様子が見てとれる(なぜか僕の住むニューハンプシャー州だけは北東部の中でも唯一の共和党支持州となっている)。
次は全米50州を更に郡単位(County)に区切った選挙基盤一覧である。赤は共和党、青は民主党のカラーであり、これを見ると米国は気味が悪いくらい赤一色(共和党支持)であることがよく分かる。
最後に選挙人(Electoral Vote)の数で見た支持基盤一覧である。実際はこの「選挙人の数」が選挙結果を決定する。
以上のソース、及び各州の「選挙人の数」が基本的に人口に比例して決められることを考えると、いかに大都市に民主党支持層が集中しているかがよく分かる。またオハイオ州を失った候補(厳密に言うと共和党候補のようです)が大統領に選ばれたことがないというジンクスも、この選挙人制度を見ると確かに頷ける。
世界的には全く無名と言っていいオハイオ州であるが、大統領選挙では21票の重みを持っている。つまり4票しか持たないニューハンプシャー州や、5票しか持たないニューメキシコ州よりも、オハイオ州を取った方が4~5倍のインパクトを持つことになる(オハイオ州の懸案事項はずばり「製造業の雇用」である)。同じことが25票を持つフロリダ州にも言える。他の巨大州に大きな変化がないと仮定すると、オハイオとフロリダを取った候補者が勝つという結果は自明である。
この他にSwing Statesと呼ばれ、両候補が遊説に躍起になっているのは、ペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタ、アイオワ、ニューメキシコ、コロラド等、赤と青の境界線に位置する諸州である。逆に言えばその他の州ではほぼ趨勢が決まっているとも言える。
属性別の支持基盤もなかなか興味深い。白人以外の人種では民主党支持が過半数を占めているにも関わらず(アフリカン・アメリカンに至っては90%が民主党支持)、共和党の大統領が誕生するという事実は、米国がいかに「白人の国」であるかという現実を表している。
また所得レベルでは、高所得層が共和党支持、低所得層が民主党支持で分かれている。教育レベルでも基本的には同様の結果となっているが、大学院卒以上の学歴では民主党支持に振れているという事実も面白い。
最近のニュースでは、全米が大きく二分されている現実が"Hopeless Conservative"(共和党)vs "Hopeless Liberal"(民主党)という構図でシニカルに表現されていた。泣いても笑ってもあと4日。大統領選挙そのものの結果とともに、"Swing States"が与えたインパクトにも注目したい。
Saturday, October 23, 2004
Redsox beat Yankees
第七戦は大画面TVを持つJoelleとルームシェアをしているSK氏のお誘いで、翌日の大量の宿題にとりあえず目をつぶった日本人学生4名が集合。試合よりも面白かったのは、日本人学生の中でもボストン派とNY派に真っ二つに分かれたことだった。僕とY氏は当然(?)ヤンキース派、SJ氏とSK氏がボストン派ということで、前半で大勢が決まった試合はそっちのけで議論がヒートアップ。
「日本人の代表である松井が四番を打っているヤンキースを応援しないという気持ちが分からない」「松井を応援するのはもう止めた。大半がボストンファンのTUCKでみんなと一緒に盛り上がれるから楽しいし」「それは迎合だ。大切なのは自然に湧き上がって来るエモーションでしょ。もし9回裏に同点で松井に回ってきても松井打つなって思えるの」「思えるよ。だってボストンに勝ってほしいから」という訳で議論は完全に平行線。
そんな議論があったこともあり、僕としては自分の立場を明確にしたいという気持ちが沸々と湧いてきて、翌日ヤンキース(55 Matsui)のTシャツを来て学校に行く。多少のブーイングは覚悟の上で、松井に対する敬意を無言のアピールで表現したかったのだ。
今日は三つ授業があったのだが、予想通り教室に入る度にボストン派の集中砲火を浴び、「まだそんなの着てんのか?」「もうゲーム終わったのは知ってるか?」などと口々に茶化される。予想外だったのは、彼らは今とてもハッピーで寛大な気持ちらしく、満面の笑顔で迎えてくれたことだ。今更NYファンに目くじらを立てる気持ちもないらしい。ただ廊下ですれ違った熱狂的なボストンファンのCarolyn(昨日は胸に大きくYANKEES SUCKと書かれたTシャツを着ていた)に"Congratulations"と声をかけたときは"Take that shirt off!"と真顔で怒鳴られた。
一方、少数派のNYファンは一様に意気消沈した様子だったが、僕を見かけると皆にやっと笑って声をかけてくる(Tシャツを着ていることを忘れていると一瞬何のことだが分からない)。大切なゲームの前後になるといつもNYのキャップをかぶって最前列に座るLindsayは頷きながら一言"I like that", Desiからは"You are the man", Matiからは"Keep the faith"と握手を求められた。負けてもなお忠誠心を示すという行為がどうやら評価されたらしい。
90年代以降の選手は全て言えるという筋金入りのWojtekとは「なぜあの大事な一戦でKevin Brownを投げさせたのかが全く理解できない。継投も遅れた。そもそもEl Duque (Hernandezの愛称)を先発させるべきだった」など細かいところまで完全に意見が一致して盛り上がった。応援はしていても個々の選手はあまり知らないという学生も多い中で、彼は完全に例外である。
ワールドシリーズで松井が見られなかったのは本当に残念だが、これでやっと家でも落ち着いて勉強ができるので、少し肩の荷が下りたという感じもある。ここまで来たら1918年以来チャンピオンになっていないという「呪い」のかかったボストンに、86年振りの奇跡を起こしてほしい。
Friday, October 15, 2004
Clayton Christensen
本題に戻ってFuture Forwardの副題は"The New England Technology Summit"であり、テーマやスピーカーも非常に興味深い面々が揃っている。平日だったので教授の了解を得る必要があったのだが、快く了承してもらい、特別な宿題も出なかったのでほっとした(笑)。ただMarketing New Productsのアーウィン・ダニエルズ教授からは「クリステンセンとは知り合いだから彼にHiと言っておいてくれ。おお、それと次の授業のときにコンベンションの話をみんなに聞かせてあげてくれ」という課題をもらった。
本来なら1日で500ドル以上するところを、ニューイングランドのビジネススクールの学生に限り先着20名に75ドルのチケットを発行してくれるというメールをTechnology ClubのTeddyから受け取り、即サインアップ。今回の会議の主目的はHBSのクレイトン・クリステンセン教授のスピーチであり、その名も"Seeing What’s Next: A Convention About Change with Clayton Christensen"である(彼の三作目である"Seeing What's Next"はまだ読めていない)。
モデレーターと1対1の対話形式、1時間15分のセッションであり、「企業は株価を維持するためだけにも成長が必要」「ハーバード・ビジネススクール自体も破壊されうる対象」「日本経済はハイエンドで行き詰まり、国全体として破壊的イノベーションを創造できない構造になっている。ベンチャーキャピタルの不備や労働者の流動性のなさがその原因だ」等、基本的には著書である「イノベーションへの解」の内容の繰り返しであった。そういう意味で特に真新しい発見はなかったのだが、イノベーション研究のグルと言われる本人の話を目の前で聞くのはやはり光栄である。語り口調は非常に落ち着いて低い声でゆっくりと、それでいて何とも言えない静かな迫力に満ちていた。
最後に質疑応答の時間に移る。周りを見渡すと、いつもと勝手が違い、かなり年配のビジネスマンばかり150名程。しかもなぜかアジア系の人はほとんど確認できない。さすがに場違いな感じはあったものの、長時間運転して来ただけに黙って帰るのも悔しい。もう時間がないという最後の最後に執念で指名してもらう。こんなところで一人拙い英語で話すのも恥ずかしいが、それも経験のうちと割り切る。案の定「誰だこいつ?」というような視線が集中する。
「2週間ほど前にバークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェットと話すという素晴らしい機会に恵まれました。ご存知の通り、彼はハイテク産業に投資をしません。私は理由を尋ねました。すると彼は、ハイテク産業は変化を基礎としており、変化は投資家の敵であると言いました。私はそれを技術の進化は予測不能であると解釈しました。あなたならそれにどう反応しますか?」
「バフェットのような成功者がそう言ったんなら私に言えることなんて何もないでしょう(No second thoughts)」と軽くジャブをかました後、真顔になって「ヘッジファンドや年金ファンドが短期利益にフォーカスして新興企業に過大なプレッシャーをかけているという事実があります。それでは確かに成功は難しいでしょう。しかし実際はイノベーションは予測可能なのです。私の本を読んでいただければ分かると思います。ブラジルの航空機メーカーであるエンブラエル社などは長期的に間違いなくボーイング社を追い抜くでしょう。より長期的な視点で変化を捉えることです。それでもバフェットが投資しないというなら別に構いませんが(That’s just fine)」
セッションが終わった後、クリステンセン教授のところに赴き、まずはダニエルズ教授との約束"Say Hi for me"を果たす。「おお、彼にはいろいろと世話になっているんだよ。僕の著書のことでね。よろしく言っておいてくれ」とのこと。本当に知り合いだった。疑ってごめんなさい(笑)。通信事業におけるVoIPの位置づけについて話す中でVonageの名前が出たので「今、使ってますけどかなりいいですよ」と言うと「そうか、実は私も使おう使おうと思ってまだ試してないんだよ」イノベーションは直ぐに試しましょうよ教授、と一瞬突っ込みそうになったが、ハイテクからバイオ、航空産業までカバーしていればそれは忙しいだろう。実現の可能性はともかく「イノベーションは別組織で、そして既存企業は持続的技術としてイノベーションを捉え、これを同時に推進すべし」というアドバイスをもらった。
2週間の間にバフェットとクリステンセンと会話(という程ではない)ができた人もそういないだろう。自分の幸運に感謝しつつ、わざわざアメリカのビジネススクールで学ぶことの意義はこういうところにもあると改めて実感する。名刺ももらったので、何か困ったときには助けてもらえるかもしれない(そんな訳ないか)。
Tuesday, October 12, 2004
Corning Microarray Technologies
今日はCorporate EntrepreneurshipのクラスにCorningのGeneral Managerが参加してくれた。ケース自体がTrimble教授が自分で書き上げたCorningのものであり、来校したManagerはそのケースで主役を演じている。大企業の社内で従来の本業とCustomer, Value Proposition, Process, Competencyが異なる新事業を立ち上げる場合、Staff, Structure, System, Cultureの四点において、Forget, Borrow, Learnを効果的に行う必要があるというのが、このクラスで繰り返し使ったフレームワークである。
これまでに扱った9本のケースの多くで共通に見られたのが、親会社が好調なときには新事業にも追い風が吹き、資金、人材等のリソース、シニアマネジメントの積極的なサポートが受けられるものの、一旦本業が傾いた場合、真っ先にカットされるのが新事業という事例である。また利益の出ない新事業に手厚いサポートが与えられることで、本体の社員から妬みを買い、次第に社内のコンフリクトが大きくなるというのも典型的なパターンであった。これは経験に照らしても大いに納得のいくものであり、クリステンセンの「イノベーションへの解」でも主要なテーマの一つになっていたと思う。
新事業をマネージする立場に立った際には、旧来の文化をForgetしつつ、同時にリソースをBorrowし、失敗からLearnし続けることが必要ということになるが、更に実務面では、いかにシニアマネジメントの関心、巻き込みを継続的に保ち、本体の主要部門とのリンクをいかに効果的に管理できるかが重要となる。その際に使われる概念が"Critical Unknowns"である。見えていること、見えていないことをしっかり切り分けた上で、見えていない部分を「理解」しており、明確な「目標設定」「ステージ設定」がなされていて、それを確実に「前進」させていることを示さなければならない。
初めの頃は「当たり前のことを言ってるなあ」という感じでやや冷めていたのだが、次第に目から鱗が落ちるというか、腹にすとんと収まるようになった。こういう感覚の積み重ねは大切にしたい(以上備忘録)。
やや話がずれたが、今回のCorningのケースは、バイオ関連の新事業を社内に立ち上げ、サービス提供目前まで漕ぎつけながら、突然ファンディングが止まり、事業が清算されるという結末であった。そこで「本業の不振を事前に予期することはできたか?振り返ってみて本業の不振時に上層部から継続的に支援を受けるために何かできることがあったと思うか?」という質問をしたのだが「非常にいい質問だが、それに答えるのは難しい」というのが彼の回答だった。「最善は尽くしたものの、一部のシニアマネジメント以外からは最後まで支援を受けることができず、支援者も最終的に支えられなくなった」という状況だったそうだ。かなりリアルだ。この種の質問に「答え」を期待することは当然できないのだが、自分の頭で考えるいいきっかけになったと思う。
その後、昼食会に参加。高校生になる彼の息子(スーツが全然似合ってない)も授業から引き続き同席した(この辺がいかにもアメリカらしい)。ここでもいくつか興味深い話が聞けたのだが、彼が過去に複数の新事業で成功を収めていること、彼がエンジニアバックグランドを持っていることが頭の中で結びつき、どうしても聞きたい質問をぶつけてみた。
「Technology-driven companyではやはり技術を知ることが大切だと思います。あなたが過去に異なる部門間(科学者、エンジニア、マーケター等)の調整をうまく図れた理由の一部に、あなたがエンジニアであったことがあげられると思います。私はエンジニアではないので、彼らのプロトコルを理解できなければ信頼を得ることは難しく、それが恐らく自分にとって最も大きなチャレンジになるだろうと感じています。こんな私があなたと同じように成功を収めるために、何かできることはあるでしょうか?」
ここでの彼の答えは非常に明快であった。
「あなたの言う通り技術を知ることはとても大切です。ただエキスパートになる必要はありません。私はよく専門家を捕まえて"Teach me"と言っていました。それでいいのです。私だってエンジニアではありますが、バイオテクノロジーでは素人同然でした。当然最低限の努力はする必要があります。本はたくさん読みましたし、その中でどうしても分からないことを絞って具体的な質問すると効果的です。そういう姿勢で臨めば彼らも喜んで教えてくれるはずです」
「もしあなたがGeneral Managerを志向するならば、もっと大切なことがあります。異なる利害関係者の間に立って"Translate"するという役割です。トップは全ての細かい話を聞きたいとは思っていません。マーケティング部門もそうでしょう。逆にトップの意向を技術者に伝える場合も出てきます。つまり場面に応じて、Translateできることが私やあなたの存在意義になるのです」
これまで漠然としていた「General Managementのプロ」という役割の意味がおぼろげながら見えてきたようで、とても示唆に富み、勇気づけられるコメントだった。
最後に。成功を収めている人たちに共通している点は「今の仕事が好き」というコメントに集約される。CorningのMangerも「ポストMBAではコンサルティング業界も考えたのですが、結局こっちを選び、20年も続けています。なぜかと聞かれれば、今の仕事、毎日直面するチャレンジが好きだからだと思います」 と話していた。
好きな仕事を見つけ、好きな仕事を続けること。確かにこれに勝る成功法はないだろう。バフェットもこのことを言っていた。好きな仕事を見つけることができれば、より高い給与に目がくらみ、転職を繰り返す必要もない。簡単なようで実際はなかなか難しい。僕の長期的な課題である。
Tuesday, October 05, 2004
Omaha Trip (2)
貸切のバスに乗り込み、まずはネブラスカ・ファニチャー・マート(NFM)へ。NFMはバークシャー・ハサウェーの子会社であり、オマハに一店だけ店を構える大型家具店である(最近カンザスシティー、アイオワ州のデモインにも出店したそうだ)。「オマハに来たらNFMでMrs. Bに会わなければいけない」とバフェットが言っていたオーナーのMrs. Bは残念ながら101歳で既に他界しているが、息子にあたる副社長が自らTuckiesの案内役を買って出てくれた。
店内はとにかくスケールが大きく、しかも全ての商品が清潔に保たれ、整然と並んでいる。価格も手が届く値段であり、ここまで有名なのも頷ける。バークシャーの傘下には複数の家具会社があるそうで、それらを併せると一大ビジネスになると言う。また各社が横で連絡を取り合って、常に経営状態が健全に保てるように協力し合っているとのこと。「バフェット氏が株主であることのメリットは?」という質問に副社長は間髪入れずこう答えた。「世界で一番のビジネスコンサルタントとただで話ができることだよ。本当にこれはPricelessだ。しかも彼と話をするのはいつも楽しい」
1時間半ほどガイドしてもらった後、感謝の言葉と拍手でNFMの副社長とお別れし、いよいよバークシャー社へ向かう。今回の面会をアレンジしたEvanとRichardもさすがにやや神経質になっているようで、バスの中で「写真はバフェット氏から許可が出るまで禁止だ。いいね。最後に全員で写真を撮ってもいいか僕から聞いてみるから。それと前にもメールで書いたけど、最近奥様が亡くなられたので質問には気をつけること。あと当然だけど携帯は全員切っておくように」これから世界一の投資家に会うのだから無理もない。事前にも「恥ずかしい思いをしないように、過去数年のアニュアルレポートを含めて添付の資料には必ず目を通すように」という連絡があった。
たどり着いたバークシャー・ハサウェイ本社は驚くほど小さなビルであった。しかもバークシャー以外にもいくつかテナントが入っている。バフェットの質素な生き方をそのまま体現したような本社である。案内された部屋には教室形式に椅子が並べられ、バフェットが座るであろう椅子が対面で設置されている(結局バフェットは一度も座らなかったのだが)。部屋の隅にはバフェットが投資するコカコーラ社のコークが山のように並んでいる。お約束のチェリーコーク(バフェットの子供の頃からの大好物)も含まれている。チェリーコークを手にとり、前から二列目に座って一息ついていると、突然ふらっとバフェットが現れた。歓声とともに慌てて席につく学生たち。本当に飾ったところが全くない。外見だけ見ると74歳の優しいおじいちゃんという感じである。
簡単に歓迎の挨拶があった後、「質疑応答に時間を取った方がいいだろうからとりあえずこんなところで」と僕たちに話を振るバフェット。まずは代表のEvanが御礼の言葉を述べ、「資本主義の功罪についてどう思いますか?」という最初の質問をぶつける。随分大上段な質問だなと思ったのだが、入り方としては悪くなかったということにすぐに気づく。
「過去2世紀で爆発的に普及した資本主義は素晴らしいシステムです。人々が欲するものを生産し、質の高い機会を提供できるからです。このシステムがとても機能的なのは、正しい場所に正しい人を配置することができるところです(Getting the right people in the right place)。GEのジャック・ウェルチ、マイクロソフトのビル・ゲイツ、ウォールマートのウォルトン等もその良い例です」
「一方でこれからの課題は、人々の恐怖をいかに減らすことができるか、つまりテロリストに対する恐怖や、失業、加齢に対する恐怖、そういったものをどう克服できるかという点にあるでしょう。恐怖とは人間にとって嫌なものです」
文章にするとごく当たり前のような言葉でも、バフェットの口から直にその言葉を聞くと説得力がまるで違う。一言も逃したくないという気になってくる。
世界の安定や戦争についての問いでは、日本の話も引き合いに出された。
「残念ながら結局Human Animalsは何も変わっていないのです。人間は感情や嫉妬や欲で動いています。第二次大戦ではトルーマン大統領の決断で広島に原爆が投下されました。その数日後には長崎にも。もう大勢が決まっていたあの時点で、果たして本当に原爆を使う必要があったでしょうか?自らの力を世界に誇示したかっただけではないでしょうか?その原爆の下でどれだけ多くの人の命が失われるかなど、彼らにとってはどうでもよかったのです。愚かなことです」
成功する人の資質という問いには、
「IQや成績はあてになりません。皆さんは人よりも優れたIQを持っていると思いますが、人並み外れたIQは必要ないのです。人を判断するときは、その人の振る舞い方の質(Quality of behavior)を見ることです。一緒に働きたいと思えるかどうかも大切です。逆に言えば、あなたたち自身も良く振舞う習慣を身につけなければいけません。気性(temperament) を管理することも大切です。信頼を勝ち得るにはとても時間がかかりますが、信頼を失うのは一瞬だということをよく覚えておいて下さい」
録音する訳にはいかなかったのでかなり省いているが、一つ一つの質問にとても丁寧に時間をかけて答えてくれる。この辺りもバフェットの人柄を感じさせる。
投資先を決める際に最も重要なことは?
「君は女の子を選ぶときどういう基準で選ぶんだい?」意外な答えにどっと笑いが起こる。当惑するJustin。「マネージャーの質を良く見ることです。私が会社を買うときは、マネージャーも一緒に買うと考えています。その人が本当に仕事が好きなのか、或いはお金が好きなのかは少し話をすれば分かります。もし後者であったなら、私と一緒に仕事をするチャンスはありません」
3人目くらいから皆、緊張が解けてどんどん手を挙げ始めると「おお、すごい数だな。これじゃ私は誰を選んでいいか分からないよ。Alice、君が選んでくれないか?」と降参するバフェット。Aliceとはバフェットの本を書くためにバフェットに同行しているノンフィクション作家(投資銀行出身)である。
50人近くが一斉に手を挙げる上に、時間がとても限られているので「こりゃー、差してもらえなくても仕方ないな。でもこんな機会は二度とないのでできれば質問がしたい」と頑張って手を挙げ続ける。するとたまたまAliceと目が合って、何と7人目くらいに指名してもらえる。興奮のあまり思わず"Thank you"と言ってしまう。予め用意したリストの中から、一つだけ選んで質問する。
「あなたはおそらくハイテク産業があまり好きではないのではと思います。残念ながら私は正にその産業で働いています(笑)。私の質問ですが、あなたは個人として、投資家として、技術革新を享受していますか?(Do you appreciate technological innovation both as an individual and as an investor?)」
2メートルほどの至近距離からバフェットが僕の目を見ながらずっと話をしてくれるという現実がまだよく理解できない。
「技術革新は社会にとって素晴らしいことです。100年前には考えられなかったようなことが可能になることは素晴らしいことです。私も個人としては技術革新をとても楽しんでいます」
「ただ投資家としてとなると話は別です。十年間に渡って持続的な競争優位(Durable competitive advantage for a decade) を確保できるか。それが私の判断基準です。ハイテク産業は変化そのものが産業の基礎をなしています。しかし投資家にとって、変化は敵なのです」
「こういう表現をしてみましょう。もし現在のハイテク企業トップ10が、10年後、または15年後にどうなっているか予測してくれと言われたら、ほとんど無理と言わざるを得ません。誰にも分からないでしょう。でもキャンディーについて同じことを聞かれたら、私は恐らく正解に近い答えができると思います」
これだけ集中して人の話を聞いたことが今までにあっただろうか。そんなこんなで指定の1時間半はあっと言う間に過ぎてしまった。
その後、バフェットも昼食に参加してくれることになり、全員で近くのステーキハウスへ向かう(オマハはステーキで有名なのだそうだ)。注文待ちをしている間に、バフェットから「写真でも撮るか?」と提案があり、待ってましたとばかりにあっと言う間に長蛇の列ができる。僕はたまたま近くに座っていたので、4番目に写真を撮ることができた。全部同じ写真ではつまらないと思ったのか、バフェットが急に僕の耳元に手をあてる振りをして大きな声で「いいか、これから株の秘密を教えてやるからな。絶対誰にも言うんじゃないぞ」と出血大サービスのパフォーマンス。その信じられない写真がこれです。
友人たちからも「それだけで旅費を払ってオマハに来た甲斐があったな」と羨ましがられる。とは言え、みんなも一緒に写真を撮ってもらえて本当に嬉しそうである。バフェットがここまでサービス精神旺盛だとは思わなかった。若い人と接するのがとても好きなのだろう。そう言えば「最近は人に教えることが好きになってきた」と話していた。
そして楽しい昼食の時間もあっという間に過ぎ、最後に表で全員で写真を撮ってバフェット氏にお別れを告げる。このバイタリティと好奇心がある限り、この先まだまだ第一線で活躍してくれそうである。帰りのバスはやんや、やんやの大騒ぎ。その後、バークシャーの子会社であるボーシャイム宝石店でも話を聞いたのだが、ここの女性の話が恐ろしく長く、かなり閉口した。宝石にも興味がないので、自由時間もすっかり持て余してしまった。
帰りの飛行機もシカゴ経由で約5時間(待ち時間を含む)。マンチェスター空港に着いたのが午後11時過ぎで、妻に迎えに来てもらって家路につく。Sung Chanを送り届けて我が家に到着した頃には時計は0時半をさしていた。メジャーリーガーのような強行スケジュールではあったが、それだけの価値のある、一生の思い出に残る充実した2日間であった。
Omaha Trip (1)
お腹が空いた組は近所のステーキハウスへ、お腹一杯・遊びたい組はホテルのバスでカジノへということになる。「腹はへってないけど、カジノやったってしょうがないしなあ」とステーキ組に加わろうとすると、なぜかSung Chanに強引にカジノ行きのバスに引っ張りこまれる。バスに揺られること約15分。橋を渡ってどうやらアイオワ州に入ったらしい。全く予想外の出来事ではあるが、オマハのあるネブラスカ州と併せて、これで生涯38番目の州に足を踏み入れたことになる。
アメリカで田舎の都市の娯楽と言えば、大体カジノくらいしかないのだが、どこも感心するくらい人が集まっている。ここ(町の名前は不明)の3階建てのカジノも夜中の11時近いというのに大賑わいである。初めは適当に様子を見て帰ろうと思っていたのだが、ビール片手にDeeと話しながら歩いているうちに、ついついブラックジャックの席へ座ってしまう。結局自分が一番盛り上がり、2時間以上居座って40ドルの損失。二度ほど大勝負を挑んだのと、最後に若干盛り返したので良しとしよう。Yankeesが優勝を決めたというので、Matiがお祝いにビールを振舞ってくれた。
ホテルへ戻って何気なくテレビをつけると、ブッシュ対ケリーの第1回ディベートが繰り返し放送されている。見始めたら面白くて止まらなくなってしまい、結局最後まで見てしまった。ブッシュは短気な上に頭が悪いということを今回も露呈した。ブッシュの外交戦略を一言で要約すれば「他の国なんて知ったことか。アメリカの判断は常に正しい」というもの。全くこんな人が大統領に再選されようとしているのだからこの国は恐ろしい。一方ケリーは常に冷静に受け答えし、臨機応変さ、頭の切れの良さを存分にアピールした。期待を大きく上回る出来で、十分に大統領たりえる器であることを世に知らしめた。メディアの評価も大方ケリー優勢(一目瞭然だが)だったので、今後の行方に微かな望みを託したい。
結局ベッドに入ったのは3時過ぎ。3時間半しか寝られない…ともかくここで寝坊したら一生後悔するぞと自分に何度も言い聞かせ、気をしっかり持って眠りにつく。